甘やかす?



朝の9時過ぎ

昨夜遅くまで作業をしていたシノブがのそのそと起床し、パジャマのままコーヒーを飲んでいた頃。

何の前触れもなくインターホンが鳴った。

今日は何の予定も誰の訪問も無かったはずだ。

目を擦りながらモニターを覗くと、見慣れたニット帽のてっぺんが見えた。

…うちのモニター、玄関扉のすぐ上についてるから背が高いとこうなるんだよなーとまだ覚めきっていない頭で考え、ドアを開けた。



「…赤井さん、どうしたの?」

「なんだ、寝起きだったのか」



昨日遅くまで仕事していたんだろう、と頭を撫でられる。

質問したのはこっちなんだけど、と反論したい気持ちがないわけではないが、このまま玄関先で話をするのもあれなのでスリッパを出して部屋の中へ促す。



「しかし、寝間着のまま来客の対応をするのは良くないぞ。俺や降谷くんじゃなかったらどうする。」

「いや、ちゃんと見てから開けるから大丈夫だよ…」

「それならいいが…なんだ、本当に今起きたところだったのか。」



赤井さんがテーブルの上で湯気を立てているコーヒーを見て呆れたように呟く。

とりあえず赤井さんの分をセットし、コーヒーメーカーを起動させた。



「それより、今日はどうしたんです?」



いつものブラックコーヒーを入れ、お互い中身が少なくなった頃に再度同じ質問をする。

赤井さんは、ああ、と今思い出したような表情をして言った。



「今朝朝の番組を見ていたら、たまには彼女を甘やかせというような内容の特集をしていてな。今日は一日オフということもあるし、シノブでも誘って買い物でもどうかと」

「え、それ本気で言ってるの?」



色々と気になる部分はあるが、本人はいつも通りポーカーフェイスのため真意は読めない。

真澄ちゃん連れてってやれとか、彼女ってなんだとか、甘やかすのって赤井さんの中では買い物なんだねとか、諸々のことは喉から奥に戻しておいた。



「なんだ、女性を甘やかすと言えばショッピングだろう?」

「…うーん、間違ってはいないけど…じゃあ赤井さん、今日は私のショッピングに付き合ってくれるの?」

「もちろん服でもバッグでも買ってやるぞ」



そう言って最後の一口を飲み干したらしい赤井さんは、マスタングのキーをチラつかせ、立ち上がった。



「赤井さん、破産するよ」

「俺の預金はシノブの可愛い我儘では痛くも痒くもないと思うぞ」



この高給取り…。

小さな呟きも拾われ、笑われる。



「先に車内で待っている。ゆっくり準備すると良い」

「え…別に中で待ってていいのに…」

「いや、デートの前にこいつが吸いたい。」



ポケットから出されたショートホープ。

シノブの前で吸いたくないから吸い溜めしておく、と眉間に皺を寄せて言う姿に、思わず笑った。

言っていることと表情が合っていない。



「ありがと、ダーリン」

「いや、これくらいどうってことないぞ、ハニー」



急いでお気に入りのワンピースに着替え、軽く化粧をして飛び出る。

助手席側の車体に体を預け煙草を吸っていた赤井にドアを開けてもらう。



「さて、どこまで行こうか」

「そうね。とりあえずまずは―」



シノブに言われたとおり走らせた車は東都でもブランド店が並ぶ通りの一角にあるパーキングに停められた。

まずはバッグやポーチなどの小物類。



「このお財布!2つ前のモデルは持ってたんだけど、今季の凄く可愛い…」

「買うか?」

「…ほんとにいいの?」



次に靴。



「そんな細いヒールだと折れそうだな」

「…私が重いって言いたいの?」

「いや、そんなことはない。何度も抱いているが、重いと思ったことはないぞ」

「…言い方がやらしい。」



メインは服。



「シノブはワンピースが多いな」

「そうだね、楽だし可愛いからつい選んじゃうかなー」

「ではあのワンピースなんかどうだ?さっきのヒールとも合いそうだぞ」

「!可愛い…着ていこうかな…」



最後はアクセサリー



「派手なのはいらないなぁ。高い物もいらないし…。」

「では髪留めなんかはどうだ?よく髪をまとめているだろう」

「そうね…じゃあ、リボンにしようかな…」

「俺が選んでやる。ちょっと待ってろ…」



あれよあれよといううちに全身コーディネートされたシノブに、赤井は運転席で満足そうにしている。

これって甘えてることになるんだろうか、まぁ金銭的には甘えてるんだけど…。

釈然としないまま助手席で赤井の横顔を眺める。

まぁ本人がいいと言っているんだからいいか。



「腹が減ったな…何か食べたいものはあるか?」



そういえば朝食はコーヒーだけだった。

時刻を確認すれば正午に近い。

赤井の問いに、ランチも自分が決めていいのか、と脳内で店を検索する。



「あ」



「…で、ここに来たんですか?」

「駄目だったか?シノブが君のハムサンドが食べたいと言うから来たんだが」

「駄目だった?安室さん」

「…駄目じゃないです!」



駄目じゃない。駄目じゃないが…。

聞くと二人でショッピングに行き、赤井が散々彼女の物を買ってあげたというではないか。

なんだそれ、俺もしたい。俺もシノブさんとショッピングに行って散々買い与えて、喜ばせたい。



「…まさかとは思いますけど、今日の服って」

「さっき買ってもらったんだけど、可愛かったから着てきたの」



赤いオフショルダーの膝丈ワンピースはシノブが歩くたびにふわふわ揺れる。

足元は同じく赤いエナメルのハイヒールだが、踵についたリボンが可愛らしい。

陽が当たりダークブラウンに輝く髪は、後ろの高い位置の真っ赤なリボンで飾られ、ポニーテールになっている。

正直、とても可愛い。

似合ってない?と心配そうに小首を傾げる様子もたまらない。



「似合ってますよ!似合ってますけど…どうして今日はこうなったんです?」



降谷が疲れたように聞くと、二人は顔を見合わせた。



「「甘やかす(される)日だったから」」










(次回は僕とショッピングに行きましょう!全身コーディネートさせてください!)

(え…なんか次々と男に貢がせてる女みたいでヤダ)

(ガーン!)

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