記憶の中
警察病院の一室
あれから降谷に抱えられ、そのまま入院となったシノブは未だ眠り続けていた。
蘭には降谷から連絡を取り、事情を話したところ、コナンと小五郎と共にすぐに病院に駆けつけてくれた。
蘭はシノブの側に着き、手を握っている。
小五郎とコナンは降谷と共に病室の外で詳しい状況を整理していた。
「ビルの上から植木鉢が…?」
「ええ、僕も急いでいたので確認はできませんでしたが、場所はもちろん覚えています。ただ、そこは1階にカフェが入っていて、2階は現在テナントを募集しているところなんです。」
「おいおい、ってこたぁ…」
「はい、誰かが事故で落としてしまったという可能性は低いでしょう」
三者顔を見合わせる。
愉快犯だとしたら、なぜ事故に見せかけられないようなビルを選んだのか。
それとも、彼女を狙った犯行なのか。
「…実は彼女が退院する2日前に、中庭に出ていたことがあったんですが、その時に妙な視線を感じたんです」
「妙な視線って?!」
「こちらを伺うような視線さ。ただ、殺気も混じっていたけどね。始めは探偵業で僕を恨んでいる奴あたりの視線かと思ったんだけど…」
この件を考えるともう偶然とは言えないだろう。
小五郎は目暮に連絡を取ると言い、この場を抜けた。
「降谷さん、佐藤刑事とシノブさんが撃たれたときのこと、詳しく話してなかったんだけど、この件に関わりそうだから話しておくね」
「ああ、頼むよ」
「あの時、トイレ内の電気が消えていたでしょ。それで、犯人は消す前の位置関係から大体で佐藤刑事に発砲し、シノブさんにも流れ弾が当たったんだと思ったんだ。」
けど、それだとシノブさんが頭部を強く打つ理由が分からないし、さらに現場でシノブさんの小型ペンライトが発見されているんだ。
そこまでコナンが説明し、一度言葉を切った。
同時に降谷の頭の中でも情報整理が追い付き、厳しい表情になる。
「シノブさんが犯人の顔を見ている可能性があるってことだね」
「うん…。始めは佐藤刑事が狙われてたんだろうけど、きっとシノブさんは佐藤刑事を守ろうとしたんじゃないかな…。」
「だとしたら…」
犯人はまた必ず彼女の命を狙ってくるはずだ。
俺たちの、大切な彼女の命を―
「今後は警視庁にも協力してもらってシノブさんの警護に当たってもらおうよ」
「そうだね。…って、どうしたんだい?」
「いや…降谷さんって、警視庁のこと好きじゃないかなと思ってたから、自分で言っといてなんだけど、少しは反対されるかなぁと思ってた。」
目を瞬かせるコナンに、降谷は少しおかしそうに唇を上げた。
「まぁ自分の部下よりは信用していないけど、彼らも日本警察の一員なんだから、敵ってわけじゃないよ。それに、シノブさんを守る為なんだから、少しでも壁は厚い方が良い。」
もちろん、俺が一番近くで彼女を守るよ。
降谷の大きな手がコナンの頭を撫でる。
「降谷さん…シノブさんのこと守ってくれてありがとう。」
「ふふ、まだ植木鉢から守っただけだけどね。コナンくんこそ、俺を信用してくれてありがとう。」
多くの事件を超えてきた二人だから分かる、自分じゃない誰かに大切な人を任せることの怖さと強さ。
コナンは降谷に、降谷は警視庁に。
自分で守りたいのを押し留め、時には信用し、一番良い方法を導き出さなければならない。
「コナンくん、安室さん!シノブさんが目を覚ましたの!」
「!今行きます」
2人して早足で病室へ入る。
少し顔色が悪く見えるが、シノブは体を起こし、2人を迎えてくれた。
「起きてても大丈夫なんですか?」
「はい。外傷は掠り傷ぐらいだと言われました。」
「…無理しないでね」
シノブの側に来た途端少し狼狽える男2人(1人は小学生だが)に、蘭は思わず笑みが零れる。
恋人である安室が心配するのはもちろんだが、この小さな同居人も彼女にとても懐いており、安室さんが付いているとはいえ、ここ数日は元気がない。
もちろん自分や園子たちもかなり心配しているが、何も覚えていない彼女と話をするのが少し怖くなっていた。
そこで今回思い切ってショッピングに誘ったのだが、立て続けにこんなことが起こるなんて。
「おい、警部殿が来られたぞ」
「どうも。少し、お時間をいただけますかな」
小五郎と一緒に入ってきた目暮警部の後ろにはいつもの男2人。
みな一様に深刻な表情をしており、シノブは顔を少し硬くした。
「事情は毛利くんから聞いたよ。シノブくんにはうちの高木が責任を持って護衛に当たる。」
「よろしくお願いしますッ!」
バッと直角に腰を折る高木に、彼女は目をぱちくりさせた。
「目暮警部、まだシノブさんには何もお話ししていませんよ」
「おお、そうか。それは申し訳なかった。こちらから話を切り出さなければいけないところだったな。」
「…皆さん集まって、何かあったんですか?」
目暮警部から高木刑事がシノブの護衛に当たる理由について説明を受ける。
何も覚えていないシノブは、身に覚えのないことで命を狙われているかもしれないと言われても、実感はない。
しかし、安室やコナン、蘭たちの表情を見ていると、どうやら現実の話らしい。
「理由はわかりました。私は、早く記憶を取り戻さなければいけませんね。」
「…しかしシノブさん、無理は禁物ですよ。先生も仰ってたでしょう。」
降谷が宥めるようにシノブの手を握る。
シノブの表情は暗い。
「普段の生活を続けていただいて構いませんので…」
高木の声がどこか遠くに聞こえた。
「(記憶を取り戻さなきゃいけない。それがみんなのためになる。)」