水遊び
「安室さーん!赤井さーん!はやくこっち来て―」
「はいはい、ところでシノブさん、日焼け止めは塗りましたか?」
「そんなに走ると転ぶぞ、前を見て歩け」
後ろを歩く二人から注意される。
しかし、これがはしゃがずにいられますか!
なんてったって今日は降谷さんと赤井さんと私の3人だけでプールに来ているのだから。
いつもはどちらか一人と一緒だったり、もしくは新ちゃんや探偵団のみんなが一緒だったりするのだけど、今日は私の我儘でこのメンバーが実現した。
「私は日焼け止め塗ったけど、安室さんと赤井さんにも塗ってあげるよ」
「いえ、僕はちゃんとスプレーしてきましたから大丈夫ですよ」
日焼け止めのボトルを手にシノブが今しがた引き終わったレジャーシートをぱしぱし叩いている。
「…男でも日焼け止めを塗るのか?」
「ふん、そんなことも知らないのかFBI。最近の紫外線を舐めていたら痛い目をみますよ。皮膚癌のリスクだって微々たるものじゃない。」
まじまじとボトルを見ている赤井に、降谷が講釈を垂れる。
赤井はそれを気にすることもなく、では、とそのままシートにうつぶせになった。
「俺に日焼け止めを塗ってくれるか」
「はいはい、もちろんですよ」
「な、赤井ぃぃぃ!!」
すぐさま機嫌よく自らの手に液を馴染ませ、がっちりと固められた両肩から背中にかけて滑らかに滑らせていく。
と、横からシノブの手からボトルを取り上げる手が伸びる。
もちろん降谷なのだが。
「ふんっ!僕が塗ってやる!光栄に思え、赤井!」
「…降谷くん、もう少し丁寧に塗ってくれるとありがたいのだが…」
背中をばしばし叩かれ、赤井はむくりと起き上がった。
後は自分で塗れるということらしい。
ボトルは乱暴に彼の手に渡された。
「塗り終わったら、さっそくスライダーに乗りに行かない?」
「いいですね!でも結構並んでますよ?」
「大丈夫、スライダーの列はすぐ進むよー」
そう言っていきなりスライダーの列に並ぶ。
シノブを真ん中にして降谷が前、赤井が後ろだ。
ちなみに今日のシノブの水着は自身オリジナルで作成した水色の三角ビキニ。
中央でリボンを結ぶ形でカップを支えており、パンツの方はいわゆる紐パンである。
なんとも頼りなさげな細い紐が、どうしても男心をくすぐってしまう。
赤井はさりげなくシノブの真後ろに陣取り、自身が羽織っていたパーカーを被せてやった。
「?暑いよー」
「待っている間だけだ。日差しの方が暑いだろう」
「うん…ありがとう、赤井さん」
じゃあ借りるね、と大人しく腕を通す彼女だが、やはり赤井のパーカーは大きいのか前を閉めると水着をすっぽり隠してしまう。
これはこれで目に毒だな、と自身の選択が正しかったかどうか少し考えたが、前の降谷くんの顔をみると、かなり険しい顔をしているのでこれはこれで選択を間違えたと言える。
「もうちょっとで階段上がれるね」
「そうですね、確かに、案外進むのが早いんですね」
そう言いながらもシノブに気づかれない様周囲に視線を巡らす。
これだけ人がいても、じっと大人しく列に並んでいればシノブに気づく客もたくさんいる。
シノブも鈍いわけではないので、視線に気づいていないわけではないと思うが、無害な視線に関してはとことんその性能は落ちてしまうようで、こうして自分が(いや、今日はもう一人番犬がいるが)目を光らせていなければいけない。
もちろん、顔面偏差値・肉体美共にカンストしている二人がいる前で堂々とシノブを口説こうとしてくるやつはまずいないが、視線だけでも十分恋人としては腹立たしいのである。
俺は自分の恋人を見せびらかして自慢したいタイプではないのだ。
赤井が彼女に被せたパーカーは、最初は良くやったと褒めたぐらいだが、如何せん、それを着た姿が想像以上に刺激的だったため、何してくれてんだ、と目で赤井を刺してやった。
「あ、ほらほら降谷さん、赤井さん!私たちの番ですよ。」
「なるほど、3人で乗れるんだな」
短いようで長かった列を終え、目の前のスタッフがゴムボートを勧める。
丸い形のそれに、シノブさんをエスコートしながら自身も乗る。
3人で向かい合って定位置についた。
「あ」
「どうしたシノブ」
「赤井さんのパーカー、着たままだった」
別にいいぞ、と返事を返そうとした赤井だったが、スタッフに押されて滑り出したボートの動きに少し怯んだ。
しかし怖がるほどでもなかったため、改めて返事をしようとしたが、シノブははしゃいでいてそれどころではなかった。
3人を乗せたボートはくるくると回転しながら着実にスピードを上げ、スライダーを滑って行く。
「楽しい!!楽しいー!」
「危なくないですか?大丈夫ですか、シノブさん」
「だいじょうぶー!」
満面の笑顔のシノブと、意外とこういうものが好きなのか少しはしゃいでいるようにも見える降谷を見て自身の頬も少し緩む気がした。
「きゃー!」
「わぁ!」
暗かったトンネルの出口が見えたかと思うと高くボートごと広いプールに放り投げられる。
と、そこで予期せぬことが起こった。
シノブの手が離れ、ボートより高く身体が跳ね上がった。
それを見た赤井はすぐさま両手を離し、ボートを蹴る。
器用に空中でシノブをキャッチするとそのままプールに落ちて行った。
「大丈夫か、シノブ」
「楽しかった!」
姫抱きしていたシノブを下ろし、そのまま胸に抱くと、すぐ近くの水面から降谷が顔を出した。
怒りマークが顔にいくつも浮かんでいる。
「貴方ねぇ!空中であんなことして、危ないじゃないですか!大分着地地点ずれてましたよ!」
「すまない。しかしシノブが…」
「スライダーはそういうもんなんです!!いつまでもシノブさんにべたべたしないでください!」
ぐいっと腕の中の彼女を奪われ、降谷くんが代わりに自身の腕の中に向かい合うように収める。
確かに、プールに落ちても怪我をする確率は少ないだろう。
しかし、また次に同じような事があっても、やはり心配なので放っておける気がしない。
そしてまた降谷に怒られるだろうとこの先の展開を想像した赤井は、とりあえず素直に「すまん」と謝ったおいた。
「…安室さん」
「?どうしたんですか、シノブさん」
「今気づいたんだけど…水着、落とした」
!!!!
降谷はそのまま固まり、赤井は目をぱちぱちさせた。
とんでもないことに気付いたシノブは、誰にも気づかれるまいとぐいぐい降谷に密着してくる。
「シノブさん…その、パーカーの下…」
「うう…パーカー借りててよかった…赤井さん探してきてぇ…」
「了解」
「ま、まて赤井、僕も…(柔らかいものが俺の腹あたりに当たってる!!)」
「安室さんは動かないでぇ!!」
「え、いや、ちょっ…シノブさん…俺もちょっと、泣きそうなんですけど」
しゅんとした顔で弱弱しく告げた降谷だが、さすがに誰にもこの役を代わるわけにはいかないと強くシノブを抱きしめた。
(今日はアクシデントもあったけど楽しかったー、また3人で来よう)
(そうだな、次はどこに行くか…)
((今日ほど疲れた日は無いな…))
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降谷さんの災難