最悪の日
米花サンプラザホテル15階―
「もう!シノブのせいで遅刻しちゃうじゃない!」
「ごめんごめん!美和子ったら美人なんだもん、色々いじりたくなっちゃうのよ。」
午前中から美和子とショッピングに行き、そのままシノブの家で着替えとヘアメイクをしてからパーティー会場入りをした二人。
鳳凰の間についたときには開始の1分前だった。
息を整えてから記帳し、中に入る。
『新郎新婦の入場です』
「…綺麗ね」
「そうね…白鳥警部も早く結婚すればいいのにね」
「あんたは一言多いのよ!」
そんな軽口を叩きながら飲み物を貰いに行く。
美和子は自分の車で来たのでノンアルコール。
私は美和子に乗せてもらったため、スパークリングワインをいただく。
(帰りは誰かに送ってもらおうっと)
司会の乾杯の合図で、一見和やかなパーティーは幕を開けた。
「シノブさん、佐藤さん」
「白鳥くん!この度はおめでとう」
「妹さん、とっても綺麗ね!ドレス、頑張って作った甲斐あるわ」
二人で白鳥警部に挨拶に行くと、少し嬉しそうに笑った。
緊張した雰囲気は変わらないが、やはり妹さんの結婚は兄として嬉しいものだろう。
「本当に綺麗だわ…」
「…美和子も高木くんに着せてもらいなよ」
じっと花嫁に熱い視線を送る美和子。
きっと高木くんとの結婚式でも妄想しているに違いない。
美和子の式も、ドレスは是非デザインさせてもらおう、と密かに意気込んだ。
「もう、シノブったら…人のこと言えないでしょ。安室さんはどうしたのよ」
「安室さん?シノブさん、恋人がいたんですね」
美和子の余計は発言のせいで白鳥警部が驚いたようにこちらを見た。
私に恋人がいたらおかしいのだろうか。
確かに今まで恋人は作っていなかったけれど。
「ほら、毛利さんの事務所の1階に喫茶店があるでしょ?そこのバイトさんなのよ」
「…シノブさんの恋人が、喫茶店のバイト…」
「あっ!バイトって言っても、本業は探偵なんだからね!2人共ちゃんと覚えておいてよ!」
あやうく降谷さんが白鳥警部の中でフリーターになりかけてしまった。
もうこの話は終わりだと言わんばかりにシノブは2杯目のカクテルを取りに向かった。
「シノブ、ちょっと席外すわね」
「どこか行くの?」
「ちょっと化粧室にね」
ハンドバックを持ち上げ、美和子が告げる。
私も、飲み物も食事もいただいたし、一度リップだけでも直すかと美和子について行く。
「…ずっと思ってたんだけど、シノブ、貴女まさか警部に頼まれたんじゃないでしょうね」
「頼まれた…って何を?」
化粧室の中、美和子が片眉を上げてこちらを見る。
さすが捜査一課、鋭いなと思いながらもここは誤魔化すしかない。
「…まあいいわ。とりあえず今日はパーティーを楽しんで帰りましょ」
「さんせーい」
溜息を吐かれてしまったが、こちらも譲るわけにはいかない。
おそらく、次に狙われるのは本当に美和子だと思うから。
大きな鏡を前に、薄いピンクのルージュを引く。
はみ出していないか確認をしていたそのときだった。
音もなく化粧室内の光が落とされる。
「え、やだ。停電かしら?」
「まさか…美和子はちょっと待ってて、電気見てくるから…」
確か入口近くの壁にあった筈だ。
暗闇に慣れていない目で壁まで伝い歩く。
「大丈夫?シノブ…」
「平気だ…っ!?」
今、何かが動いた。
自分の目の前1メートル以内の距離に誰かがいる。
シノブは小型ペンライトを持っていたことを思いだし、咄嗟に気配の方向へ向けた。
暗闇に浮かぶ見覚えのない顔
銃口がこちらを向いた。
「美和子!!逃げて!!」
「!シノブー!!」
静かに吐き出された弾丸は、まっすぐに佐藤へと向かっていく。
被弾した佐藤が床に倒れる音が響く。
シノブはライトを放りだし、咄嗟に犯人へしがみ付いた。
持ち主を失った光は床に転がり、何も写すことはなくなった。
「…!」
「美和子は殺させない…!」
しかしシノブの力では抑えることはできず、強い力で引き剥がされ、突き飛ばされる。
シノブの不安定な体はそのまま勢いよく洗面台へぶつかる。
余りにも強い衝撃に、息が止まる。
間髪入れずに銃弾が撃ち込まれているのか、間近で美和子の呻く声が聞こえた。
「だれ、か…誰か、助けて―!」
降谷さん―
消えゆく意識の向こうで、昨日会って話したばかりの恋人の顔が浮かぶ。
「ごめ、美和、、守れなくて…」
水に濡れた冷たい床を感じながら目を閉じた。