見つかる
「…え、っと…」
「貴方だったのね。怪盗キッ「わー!!ちょっと待った!」
怪盗キッドの正体と思われる少年に、米花町にて遭遇した。
彼は蛇に睨まれた蛙のごとく、こちらを見たまま動かなくなった。
ただし、私の口を手で塞ぎながら。
「…ちょっと、貴方の手のひらにリップが付いたんですけど」
「えっ!うわ!ほんとだ!すみません!…ってリップ!?シノブさんのくちびる…!」
目の前の少年は一人で慌てて、果てには鼻血を垂らした。
置いておくわけにもいかず、少し歩いてポアロに入った。
安室さんがこちらに気づき、笑顔で席に案内してくれる。
「いらっしゃいませ、シノブさん。今日はお連れ様が…ん?失礼ですけど、シノブさんの弟の…工藤新一くんではないですか?」
「え、いや、俺は違…「そうなの!久しぶりに会ったからお話ししようと思って!」
恐らく降谷さんは写真でしか新ちゃんのことを見たことがないのだろう。
私とキッドの顔を微笑ましく見やり、納得して奥のテーブル席を勧めてくれた。
「…わかった。シノブさん、あの兄ちゃんに名探偵の正体をバラしてねーんだな!」
「声が大きいわよ」
「ごめんなさい。…で、俺の話聞くついでに、名探偵≠工藤を成立させようってことか」
「チョコレートパフェ奢るわ」
「のったー!」
うきうきするキッドを尻目に、安室さんにチョコレートパフェとレモンパイ、ミルクティーを2つオーダーする。
「てかいいのかよ。アイツ、ヤバい奴らの仲間なんだろ?工藤が生きてちゃマズいんじゃねーの?」
「ふふ、大丈夫よ。あの人は」
言ったとおり、こっそりと伝えてくるキッドが素直だと思う。
実弟によく似た顔ではあるが、雰囲気は少し幼い気もする。
いや、弟もキッドも仕事モードは大人びているが、プライベートでは少年らしい部分はある。
やっぱりそっくりかと、じっとキッドを見つめてしまう。
「あ、あとね、新ちゃんのフリをさせたのはもう一つ理由があるわよ」
「へ?もう一つの理由…?」
「お待たせしました。ミルクティーとチョコレートパフェ、レモンケーキです。」
「ありがとー安室さん!」
ニコニコと裏表の無い笑顔。
先ほどのイケメン店員がさっそく注文のものを持って来た。
もしかして、と一抹の不安が過ぎる。
「新一君、挨拶が遅れましたが安室透と言います。」
「は、はい!工藤新一です…」
「お姉さんとはお付き合いさせていただいてるんだ。今後ともよろしくおねがいします。」
やっぱり…!!!
拉致られたと思ったら、工藤新一のフリをさせられ、揚句は憧れのシノブさんの彼氏を紹介される。
今日は厄日だ。そうに違いない!!
「……」
「あ、急にごめんね!いつも事件で忙しいって聞くから、せっかくの機会だと思って…」
「い、いえ、大丈夫です」
ならよかった!ゆっくりしていって!
そう言ってシノブさんにも笑顔を見せ、去っていった。
「今のが理由よ」
「へ?いや、どういうこと?!」
「私が言うのもなんだけど、安室さんはかなり独占欲が強いみたいなのよ」
理解した。
俺はかつてのミステリートレインでの出来事を思い出し、工藤新一として紹介してもらってよかったと心底思った。
あの人と次に向き合ったら、逃げ切れる自信がない。
「で、貴方のお名前は?」
一人で納得しているともう流されたと思っていた話題が挙がってくる。
いくら尊敬するシノブさんとはいえ、名探偵の姉貴だ。
どうしようかと1秒思案し、口を開いた。
「教えたら、名前で呼んでくれる?」
「いいわよ」
「…快人。工藤新一と同じ年だよ」
改めて名乗るのが少し恥ずかしい。
シノブさんをちらっと見ると、優しく微笑んでくれる。
「快人」
「!は、はい」
初めて呼ばれた名前に一気に顔が赤くなるのが分かった。
これは、すごい破壊力だ。
「私はこれでも貴方も気に入ってるのよ。新ちゃんがいるときは、味方してあげられないけど、何かあったら言ってきなさい」
「…へ?」
一枚のカードを差し出される。
表にはシノブさんの名前。
肩書はミステリー作家になっているので、これは作家用の名刺だろうか。
何気なしに裏面に返すと…
「これ…シノブさんの?」
「私以外に誰がいるのよ。ないとは思うけど、個人情報は流出させないでね」
「も、もちろん!!」
やべー、また興奮して鼻血出そう。
まじまじとその手触りの良い素材の名刺を撫でてしまう。
「家の場所はまた今度ね」
そう言ってウインクしたシノブさん。
今度こそ俺は貧血で倒れるだろう。
(あ、新ちゃん?今日キッドとポアロ行って、安室さんが新ちゃんへの挨拶すませたから、もし今後会う事が出来たら話を合わせといてね!)
(はああああ!?ちょ、意味分かんねーよ!!)