海に行こう
「赤井さん、デートしましょ!」
早朝、まだ宅配便も来ないだろうという頃、インターホンが鳴った。
変声機を切り替え、玄関を開けると大きな浮き輪を持った彼女がいた。
「…一応聞くが、どこへ?」
「海へ」
大きなつばの麦わら帽子に、真っ白なワンピースがふわりと揺れる。
肩から掛けているビニールバッグにはレジャーシートやらバスタオルやらが入っている。
おそらく水着も。
「二人で行くのか?」
「だって降谷さんお仕事だし、そもそも喧嘩するから3人でなんて無理だし」
喧嘩ではなく、降谷くんが一方的に突っかかってくるのだが、赤井は言葉を飲み込んだ。
しかし、二人で、というのはバレたときに彼に本気で殺されかねない。
赤井は電話帳である名前を呼び出した。
「…で、なんでこのメンバーなの?」
コナンが半眼でジトリと赤井を見る。
赤井はいつものニット帽は被っておらず、ネイビーのシャツに赤い海パン姿だ。
肘まで捲り上げたシャツから覗く鍛えられた腕が逞しい。
一方、赤井から突然電話で起こされ、15分後には車内に拉致されたコナンはハイビスカス絵が描かれた青い海パンで、頭にはゴーグルを付けている。
「まあそう言わず付き合ってやってくれ。」
「赤井さんってほんと姉さんに甘いよね…!」
熱い砂浜にビーチサンダルでパラソルを立てる。
シノブが持参したレジャーシートは大人が3人は十分に寝転がれるサイズだ。
「ごめんごめん、二人とも待ったー?」
ぶつくさ文句を言っているコナンを尻目に赤井が涼しい顔で荷物を整理していると、更衣室の方からシノブが走ってくるのが見えた。
…男女問わずの視線を一身に浴びながら。
「…姉さん、サングラスくらい掛けろよ。」
「嫌よ、日焼け止め塗ってるとはいえ、サングラス焼けしたらどうするの」
呆れたようなコナンの意見を一蹴する。
しかし、うきうきした様子で置いてある浮き輪を手に取ったところで、赤井に頭からパーカーを被せられた。
「ふっ…な、なにすんの!」
「サングラス焼けはしなくても、他の部分が焼けるぞ。」
「…えー、せっかく新作の水着…降谷さんにも可愛いって言われたやつなのに…」
赤井さんと新ちゃんに披露しようと着たのに…と唇を尖らせてむくれる。
その様子にコナンは苦笑し、赤井はさらに麦わら帽子を頭に被せた。
「そんな姿をここで晒されても敵わんよ。それに、俺たち以外の奴らにみすみす見せつけてやることもないだろう。」
その太腿も、本当は隠したいんだが…そう耳元で囁かれては、さすがのシノブも観念する他無かった。
その後、赤井は荷物番をすると言いアウトドアチェアに座って読書をしていたが、シノブとコナンは浮き輪を使ってブイまで泳いで行ったり、ビーチバレーをして遊んだりしていた。
その間、近くで泳いでいる者はチラチラとシノブを見ていることはあるが、サングラスに帽子をし、さらに小学生と一緒とくれば、声まで掛けてくる者はいない。
定期的に赤井はちらりとサングラスから鋭いグリーンアイを覗かせ、満足げに頷いて見せた。
「赤井さーん、お腹減ったから帰ってきたよ」
「ああ…もうそんな時間か。二人ともおかえり」
「姉さんは大人気ねぇからついて行くのが大変だぜ」
とぼとぼと疲れた様子で帰ってくる姉弟に、本から顔をあげて迎える。
二人とも似たもの姉弟だ。コナンも文句を言いつつも思い切り遊んできたようで、疲れたような言い方だが、すっきりした顔もしている。
「なにか買いに行ってくるか?」
「ううん、お弁当持って来た。」
そう言ってシノブはビニールバッグと別に持って来ていたクーラーボックスを開ける。
そこに鎮座していたのは見覚えのあるサンドウィッチ
「これは…」
「降谷さんが朝から作ってくれたの」
「…降谷くんに、俺たちと海に行く事を言っていたのか」
念のために尋ねると、目をぱちぱちと瞬かせた。
手はサンドウィッチの入ったパックをそれぞれの前に置いて行く。
「ううん、新ちゃんは初めは誘うつもりなかったから、赤井さんと二人で行くって言っただけ。」
「…そうか、何か言われなかったか?」
「すっごく楽しみにしてたら、気を付けて行ってきなさいって何回も言われたけど」
だから新ちゃんは私と半分こね!
そう言って蓋を開けてやり、彼に差し出しているシノブ。
コナンはコナンで、ポアロで食べるサンドウィッチの味を気に入っているので、目を輝かせている。
俺はわざわざパックに書かれた名前を見て思わずため息を吐いた。
「さて、腹も膨れたし、そろそろ帰り支度をしないと渋滞に引っかかる。」
「「えー!もう?」」
さっさとサンドウィッチを腹に入れ、目の前で砂の城を作っていた二人に声を掛けると、案の定不満そうな声が返って来た。
降谷のささやかな牽制のようなものを受けて食事に時間が掛かってしまったが、なんとかコーラで飲み下した赤井は、再度時計を確認した。
「二人とも、明日は予定はないのか?」
「…登校日です」
「そろそろ締切がヤバいです」
どんよりと俯いた二人を更衣室に押し込んで、シートやらパラソルやらを片づけ始める。
コナンはすぐに出てきて、荷物の積み込みを手伝ってくれた。
しばらくするとシノブも出てきて、何やら砂浜をうろうろしている。
変な輩に声を掛けられないうちに赤井が回収し、三人で再びマスタングに乗り込んだ。
「今日は一日凄くたのしかった…」
「それは良かった」
「結局ずっと荷物番してくれていたし、赤井さんは暇だったんじゃない?」
後部座席で眠ってしまったコナンを見ながらシノブが問いかける。
案の定、少し渋滞には捕まってしまったものの、まだ陽は落ちていない。
「いや、丁度この間買った本を読み終えることができた。それに、シノブの可愛い水着姿も見れたしな。」
「…もう、さらっと恥ずかしいこと言うんだから」
少し照れて前を向くシノブに愛しさがこみ上げる。
またコナンに甘やかしているとぼやかれるだろうが、次はどこに連れて行ってやろうかと考える。
「シノブ…寝てしまったか」
つい今まで話をしていたのに、隣をみるとすでに夢の中のようだ。
車内にはシノブとコナンの寝息が静かに聞こえていた。
(おや、降谷くん…仕事はどうした)
(定時に終わらせてきましたよ!!シノブさんは…)
(むにゃ…まてキッドォ〜)
(ふたりとも…けんかしない、で…)
((…天使か!!))