押しには弱い



「あ、降ってきちゃったか…」



百貨店で買い物をしてそろそろ帰ろうと外に出ると大粒の雨が降っていた。

朝の天気予報では50%。

微妙だけど、傘を持って行くのも面倒だな、と思い無謀にも1/2の確立に賭けた結果だ。

今日は私はついていないらしい。



「どこかで休憩でもしようか…」



そう思いきょろきょろと辺りを見渡すと、シノブがいる場所のすぐ隣の歩道橋を、大きな風呂敷を抱えてよたよたと階段を昇っているお婆さんの姿が。

傘は腕にかけているのに、両手が塞がっているため、差せていないのだろう。

立派な着物の肩口が雨を吸って色を変えている。

驚きに目を見開き、すぐにその背中へ駆け寄った。



「こんにちは、あの、よければ荷物お持ちします。」



声を掛けてから、いきなり荷物を持つなんて不審だったかと思った。

しかし出した声は戻らない。

それに心配なのも本当だ。

お婆さんがきょとんとこちらを見上げるので、また言葉を続けた。



「怪しいものではありません。重そうなお荷物抱えておられたので、せめて階段の昇り降りの間だけでもお手伝いさせてください。」



営業スマイル全開でそう伝えると、お婆さんは花が咲いたように笑顔になる。

不審者だとは思われていないみたい?と内心安心していると、お婆さんが興奮したように話し出す。



「まあまあ!いいんですか…?貴女みたいなお嬢さんにこんな荷物を持たせるのは申し訳ないけれど…」

「いえ、いいんですよ。…うん、この荷物ならなんとか片手でも持てます。」



気を使わせないように力持ちアピールをする。

シノブにもちょっと重いが、許容範囲内だ。



「お婆さんは傘を…」

「いいえ、いいえ、お嬢さんが濡れるのに私だけさせませんよ」

「いえ、私が片手で差しますので、貸していただけますか?」



狭くなってしまいますが、私と相合傘してください。

そう言ってお婆さんが手にもっていた傘を開き、傾けた。



「…お嬢さん」

「はい?」



さて階段を昇ろうか、と足を踏み出そうとしたとき、傘を持っていた手をぎゅっと両手で握られる。



「是非!ぼっちゃまにお会いいただけませんか…!」

「…ぼっちゃま?」



なにか事情があるようだ、と察したシノブはさきほど出てきたばかりの百貨店の一階にあるカフェに促した。

店内のテーブル席はガラス張りのため雨が上がったかどうかも確認できる。

シノブたちは運よく空いていた一番奥の席に座った。



「実は…!」



…話を要約するとこのお婆さんはいいとこの屋敷の使用人の一人。その屋敷のお坊ちゃんが生まれてからは『ばあや』としてそのお坊ちゃんを支えてきた。頭も良くて、顔も良くて、将来も有望されている完璧な人だが、ひとつだけ心配なことがあるそうだ。

それが…将来の伴侶なのだと言う。



「ぼっちゃまは恋愛に興味がないのか恋人の一人もいたことがありません。将来はもしかしたら政略結婚もあり得るのかしれませんが、ばあやとしては幸せな結婚をして欲しいもの!しかし、どこの馬の骨ともわからない女性というのも…。」

「はあ…で、あの場所でおぼっちゃまに似合いそうな女性を探していたと…」



そうなのでございます!とまた興奮したように私の手を取る。



「お嬢さまのように心優しく、お美しい方は初めてお会いしました!ぜひ、ぜひぼっちゃまの恋人に…!」

「ばあや…随分長い買い物だと思ったら、こんなところにいたのか…。」



褒めちぎられ、この状況をどう打開しようか考え始めたところに、後ろから第三者の声が掛かる。

この流れからして、今言っていたおぼっちゃまでは…。それにしてもものすごいタイミングではあるが…。

なんとなく振り返りたくないと思いながらも、挨拶をしないのも失礼なので、ゆっくりそちらに顔を向ける。

そこに立っていたのはかなりの長身にパリッとしたブランド物のスーツ、爽やかそうなイケメンだ。髪の色は自身の恋人を思わせる。

思わずシノブが観察していると、向こうから申し訳なさそうに話しかけてくる。



「すみません、レディ。…ばあやは僕を心配してたまにこういった行動にでるんですよ。」

「あ、今日が初めてじゃないんですね。」



おばあさん…ばあやさんを見ると、委縮したようにおぼっちゃまを見ている。

さっきまでおぼっちゃまのために、と奮闘していたのを見ると、少し可哀相になる。



「申し遅れました。僕は白馬探と言います。」



ニコリと笑って挨拶をされる。

先に挨拶されてしまった、と椅子から立ち上がり先ほどの営業スマイルで対応する。



「私は工藤シノブです。迷惑なんてしていませんよ、楽しくお話しを聞かせていただいて…」

「工藤シノブさん?」

「え…はい、そうですけどなにか…」

「あのミステリー作家の?工藤優作氏のご息女で……高校生探偵、工藤新一くんの…」



目の前のおぼっちゃま…白馬探の声に驚きが混じる。

シノブは、作家の方のファンの方かなと思いかけるが、どこかで白馬の顔をみたことがあると感じた。



「…あれ?貴方、どこかでお会いしたことありましたか…?」



思わずそう言うと、白馬はおかしそうにクスクスと笑う。



「それはナンパというやつですか?」

「え…?いや!そういうわけじゃ…」

「違うんですか?残念だなぁ」



白馬は笑い終えると、シノブの左手を取り、どこかの王子様のようなしぐさでキスを贈る。

その優雅な様子に、シノブの動きが停止する。



「弟君と同じ、高校生探偵をしています。以後お見知りおきを。」

「…はい」

「ばあや、ばあやのその恋人探しも今後は不要だ。こんな素敵な人に出会ってしまったら、もう他の女性は目に入らないだろう。」

「ぼ、ぼっちゃま!!」



状況についていけないシノブを置いて、白馬とばあやで話が進んで行っている。

ばあやは白馬からの言葉に感涙し、ハンカチで目元を拭った。



「ではシノブさん、また連絡します。以前工藤新一くんの依頼先を聞いたことがあるので…ご実家ですよね。必ず近々そちらに…では。」

「シノブお嬢さま!またお会いしましょうね…!」



スマートな仕草で伝票を抜き取り、二人はカフェを出て行った。

事件や推理ではよく回るシノブの頭は、突如起こった予期せぬ出来事の整理を始めた。



…見たことあると思ったらあの高校生探偵 白馬探くんだったのか…

ということは彼は新ちゃんと同じ16歳…?

あの落ち着きと大人っぽい仕草で…?

年相応の精神年齢であろう弟の悪戯っぽい顔を思い浮かべた。

ていうか、恋人って言われても、私と何歳離れてると思ってるんだ。



「…とりあえず色々とありえない」



あまりに慣れたスマートさで、こちらが少し照れてしまった。

イギリスに留学しているという噂も聞いたが、あちらにいくとみんな英国紳士になってしまうのか。

ひとまず椅子に座り直し、カップに口を付けた。

時間が経ったミルクティーはすっかり冷めて、さらに甘く感じた。




「ってちょっと待って、今度連絡するって…いま実家に掛けたら…!」



ジトリとこちらを見つめるグリーンアイを想像してしまう。



「勘弁してよー!!」












(…シノブさん!!)

(ひゃっ降谷さん!なんでここに…っていうかもしかして…)

(…雨もまだ止んでいませんし、家までお送りしますよ)

(お、お願いします…)



信号待ちの降谷さんに手にキスされるところから見られていて、家に送ってもらった後めちゃくちゃ手を消毒される話。

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