遭遇
美しい緑の丘に桜の木が植わっている。
あの丘で、女王と王子は命を落とした。
シノブはゆっくりと桜に向かって歩いていくミラを見ていた。
「ねぇ〜どうしてもダメ?」
しかし後ろから伸びてきた美しくネイルが施された手で頬を撫でられ、視線を車内に戻す。
先ほど街でばったり王女の乗った車を発見して同乗者を問い詰めたはいいが、ミラ王女がシノブの名を呼んだと同時に、シノブの身体は車内に引き込まれていた。
『アラ!貴女がMs.KUDOね!会いたかったわ〜!私と一緒に来ない?』
そう言ってニコリと笑った女性は、不二峰子と名乗った。
「ダメ。」
「どうして〜?お金ならあるわよ?私、貴女のファンなのよー!」
この女性はそれ以来ずっとシノブを口説き落とそうとしているのだ。
服を気に入ってくれているのは嬉しいが…それだけの理由で一緒に来いとまで言うだろうか。
「じゃあ一緒に来いって、具体的には?」
「え、えっと…そうね〜私は国際弁護士だから、秘書兼専属デザイナーでも…」
「嘘ね。」
この女性は案外嘘が下手らしい。
おそらく一般人にバレてもどうってことないという余裕があるのだろう。
分かりやすく、ぎくっと肩を竦めてみせた。
「お姉さんの右太腿、捲ってもよければ、話は別だけどね。」
「…どうしてわかったの?」
「お姉さん、さっき文字を書くときに見たけど、聞き手は右でしょ。なのにドアを開けたり電話を掛けるときは左だった。腕時計も左にしてるしね。銃を扱う人の特徴よ。」
不二子は大きい目をパチクリとさせた。
隣の席でルパンがおかしそうに笑っている。
「それだけじゃー最終判断は難しいんじゃねぇーの、お嬢ちゃん。」
「…峰子さんは、私と出会ってから4回、右太腿のあたりをさり気なく触っていたわ。銃を持つ人は…」
「安定感を確かめるために、どうしても無意識にその部分を触っちまう…」
「…あとは、単純にほんのかすかにだけど、ストッキングと銃が擦れる音がしたのよ。」
それにね、天下の大泥棒、ルパン三世とつるんでて丸腰なんてことあると思う?
そう捲し立ててルパンの眼前に人差し指を突き立ててやった。
「これよ〜コレコレ!もう隠し事はナシ!この推理力を持って、頭も良い、射撃もできるし、身体能力バツグン!可愛い服も作れるんだったら是非欲しいじゃな〜い!」
再び伸びてきた腕がシート越しにシノブを拘束した。
ぐえ、と色気のない声がシノブから漏れる。
「ゴホ…、ていうか、なんでそこまで知ってるわけ…」
「ふふ、気に入ったものはなんでも調べて手に入れちゃうのよ」
語尾にハートマークを付けてウインクする不二子に、シノブは頭を抱えた。
さらに、自分の名前は峰不二子だと教えてくれた。
そんな簡単に本名を教えていいのだろうか。
「つめて〜なぁ、俺にはそんなこと言ってくれたこともねーのに!」
「馬鹿ねぇ、女の子の相棒が欲しいのよ」
指を合わせていじけたフリをするルパンを呆れたように見る彼女。
ほんとにこいつらあのルパン一味なのか?
そう疑いたくもなるやり取りに、シノブは疲れた表情をした。
「ねえねえ?それよりさーもうそろそろ俺の成果を報告させてもらってもいんじゃない?」
「なーに、まさか凄いお宝でも発見したワケ?」
ルパンがデレデレした顔で懐から何かを取りだす。
不二子も巨大な宝石か何かかと期待に満ちた顔をしている。
しかし泥棒がこんな一般人の前でそんな話をしてもいいのだろうか。
まあ二人が支障ないと判断しているのだろう、シノブも興味津々でその手を覗き込んだ。
「むふふ、ヴェスパニア鉱石ちゃんよ〜!」
しかしルパンが取り出したのは鉄で覆われた飾り気のない球体。
不二子はあからさまにがっかりした。
「これが成果?宝石じゃないじゃない!」
「…待って、確かヴェスパニア鉱石って…究極のステルス…」
「おおっと、お嬢ちゃんせいか〜い!これで30秒は持つぜ?」
誇らしげに手に掲げるルパン。
一方のシノブはルパンの功績よりなにより、この装置の用途について気になっていた。
なぜルパンはこんなものを作ったのだろうか。
どこかの国と戦争でもするつもりか?逃走時の奥の手として隠し持っておくためか?
「ま、これは大切に仕舞っとくか。王女も帰って来たことだしよ。」
ミラ王女がこちらに歩いてくるのを見つけた。
少し目元が赤くなっているが、先ほどよりもすっきりした表情をしていた。
「さ、王宮へ行きましょうか。」
(…あれがヴェスパニアの王宮か)
(さすがに闇雲には動けないな。俺が情報収集してくる。)
(頼んだぞ、探り屋バーボン…)
(煩い。お前は潜るだけ潜って狙撃ポイントでもマークしとけ!!)
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