脱走



「王女のワインからは致死量の毒物が検出されました。」



「…あらかじめ王女にはパーティーの飲み物も食事にも、手を付けないように打ち合わせていたのですが…そのお二人にはお礼を申し上げる…」




サクラサクホテルの一室で、目暮と高木はキース、そしてシノブ達へ先ほどの事件について事情聴取と今後の対応について話をしていた。


キースはどうも日本の警察を信用していないようで、二人の話を正面から聞いてはいない。


シノブ自身も、お礼を言われたいわけではないし、気にもしていなかったのだが、ふいにこちらを振り向き、コナンと自分に向かって言葉にしたので、少し驚いてしまった。




「いえ…それより、やはりミラ王女は日本でも反王女グループに狙われているんでしょう。私は、これで済むとは思いませんが…。」



「……」



「過激な分子もいるとか…あなた達だけで守りきれますかな?」




シノブの言葉に目暮が続ける。


ヴェスパニア王国とは長い付き合いではないが、この部屋にもキースしかおらず、王女の信頼がおける臣下というのはかなり少ないと思われる。


このまま放っておけるはずもない。


シノブは知っている。サクラ女王とミラ王女の楽しそうに笑い合う姿を。




ジリリリリリリリ…




「なんだ!?火災報知器!?」



「…隣は王女の部屋です」




突如鳴り響いた警報に、キースが苦々し気に呟き、部屋を駆けだす。


部屋の中の者がみな一様に王女の部屋へ入っていく中、シノブは一人地下へ向かった。


きっと新一ならすぐに気づいて動くだろうと読んで。


地下駐車場に着くと、停めていた愛車であるニュービートルを発車させた。




「お、いたいた…」




ホテルの外に出てしばらく王女の後ろから車を走らせると、すぐにカイルに捕まった。


そりゃあドレスだし、女の子の足だとこんなもんか、と思う。




始めシノブは迷っていた。


ミラの気持ちを考えれば、ホテルから逃げ出してもおかしくないと思っていたので、火災報知器が鳴ったときは、とくに驚きはしなかった。


まだ、「かもしれない」という段階では、無事に捕まえて連れ帰ろうと考えていたのだが、実際こうして必死に逃げている姿を見れば、ここで自分がカイルに声を掛け、数時間だけでも街で遊ばせてやったらどうかと思わなくもない。




そうしてシノブは愛車を路肩に寄せかけたが、少し目を離した隙に目の端に映る吹っ飛んだカイルの巨体によって、その手を止める。




「これは…様子見かしら。」




ミラはサクラサクホテルへ向かっていた自分そっくりな少女、毛利蘭の手を取って再び駆けだしたのを見て、シノブはすぐさま王女のドレスに付けた発信機を追った。


キース=スティンガーはここまで読んでいたのだろうか。


反王女派の勢力への対処、それと彼女が抜け出す可能性を…。


それで発信機を彼女に付けるよう私に依頼を…?




「…もしくは、こうなることがあらかじめ分かっていたか、ね。」




王女と蘭の後ろに付くピンクのハーレーに目を細めた。


明らかに二人を追っている様子に、溜息を吐きたくなる。


これ以上考えても時間の無駄だ。業務連絡用にと教えられた11桁の番号を素早く入力する。




「…あ、スティンガー伯爵?工藤です。一応現在王女を追っているんですが、…私の予想ですけど、連れて帰らなくてもいいんですよね?」



『…貴女は…驚いたな。いまどこにいるんです?』



「まだホテルから5キロ以内にいますよ。私の知り合いの女の子がカイルさんを伸してしまって。…このまま追いかけるのが正解かも分かりませんし、とりあえず発信機を起動させたところです。」



『分かりました。王女の件は今は放っておいていただいても心配ありません。すでに別件で依頼してあります。貴女はこちらに帰って来ていただけますか。』



「了解。」




引き返すために車線を変更する。



その横を緑のスケボーが颯爽と走り去ったことは、シノブの目に入らなかった。









(なんだか色々と見過ごせなくなってきたなぁ…)

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