嵐のような




その日はデートの約束をしていた。




夏らしく薄いブルーのワンピースに白のニットカーデ。


足元は、この間一目惚れして買ってしまった白地にこれまたブルーの大きめのリボンがついたブーツサンダル。


今朝のニュースでは日差しがキツイとのことだったので、怒られないよう頭にはちゃんとブルーのリボンの麦わら帽子を被っている。




近くで仕事があったため、現在一時間ほど前だが待ち合わせ場所の時計の前にあるベンチで座って待つことにした。


シノブは仕事で待つことも珍しくないため、いつも文庫本やファッション誌を持ち歩いている。


いつも通り鞄の中からファッション誌を取り出し胸の前で開いた。



目次に目を走らせ、目当てのページを捲ろうとしたとき、サングラスをしているシノブの視界が、少し陰った気がした。





「なあ、姉ちゃん、工藤シノブさんやろ?」


「…人違いじゃないですか?」




掛けられた声に、シノブは心の中で溜息を吐いた。


顔を上げないようにして、男の相手をする。




「人違いやあらへんと思うねんけどなぁ。」


「…なぜそう思うのかしら?顔も見ていないのに、よくその人だと断定できたものね。」


「教えたろか?まず姉ちゃんの持ち物やけど…見事にサンダル以外KUDOの夏の新作ばっかりや。」



…確かに。


そしてこの夏物新作は一週間前にネットショップにアップしたばかりだ。


すぐに注文しても大体は今日手元に届くくらいだろう。




「貴方、男性なのにファッションのことが分かるの?当てずっぽうじゃなくて?」


「いや、俺のうるっさい幼馴染が先週騒いでしつこー見せに来たさかいしっかり覚えとるで!」




なるほど、それは信憑性がある話だ。


ネットニュースにはなっていたから、きっとそれのことだろう。



「でもそれだけじゃあね。私もKUDOのファンなのよ。」



変わらずサングラスは外さないが、彼を見上げてニッコリと笑いかける。


自分でファンとか言うの恥ずかしい。


早く立ち去れ、と願うばかりだ。




「いや、もう一つあるで。決定的な証拠や。姉ちゃんの持っとる雑誌、それはまだ発売されとらん見本誌やろ。雑誌の号数と発売日がおかしいしな。そんなん持ってる人間は限られとる。」


「…なるほど。」




ここまで尻尾を捕まれていれば観念せざるを得ない。


お手上げポーズの代わりに、サングラスを取った。




「久しぶりね、平ちゃん。」


「おー!姉ちゃんもな!」




勿体ぶりよってー!


と言いながら満面の笑みで私の隣にどっかりと腰を下ろす彼。



西の名探偵、服部平次だ。


彼とは、まぁ言わずもがな、新ちゃん繋がりの縁だ。


もちろん彼の幼馴染の遠山和葉ちゃんも知っている。




「なんで知らんふりなんかしとったんや?」


「いやー、外ではあんまり顔出したくないんだよね。」


「ああ…姉ちゃん有名人やからなァ。」



なるほど、と服部はうんうん頷く。



ところで今日は和葉ちゃんはどうしたのだろう。


一人で東京にいる彼はあまり見たことがないが、事件かなにかだろうか。




「せや!俺今から工藤に会いにいくんや!」


「そっか、新ちゃんと約束してるのね。」


「で、待ち合わせ時間は昼からなんやー。腹減ったし、一緒に飯でも食いにいかん?」




な!と人懐っこい笑顔で言われると、すぐにダメと言いにくいのだが。




「今日は駄目なのよ、これから約束があって…。」


「約束ぅ?姉ちゃん、もしかしてデートか?!」




まぁ姉ちゃん、べっぴんさんやから彼氏の一人や二人おるか!


声に出して自己完結する彼に、思わず言い返してしまう。




「さすがに彼氏はそんなにいらないよ。とりあえず…」


「ほな、とりあえず相手が来るまで付きおうてやー!」




がしっと服部に腕を掴まれ、近くのカフェに連行される…




と思ったらすぐに離れた。


服部と自分の腕の間に割り込んできた第三者の腕が見える。




「彼女の手を放してもらおうか。」




どこから走ってきたのか、さすが、息切れはしていないものの、額が汗ばんでいる降谷は


シノブは取り出したハンカチで降谷の額の汗を拭ってやった。




「ふ…安室さん、早かったね。まだ待ち合わせの30分前だよ。」


「…こういうことがあるから!シノブさんより先に着いていようと決めているんです!」




怒っている様子の降谷に対し、こういうこと…?とシノブと平次は顔を見合わせる。



色恋には鈍いシノブより先に、他人の事情には鋭い服部が先に気づく。




「あー!いや、俺はくど…いやいやコナンくんの知り合いでなぁ!その関係で姉ちゃんと知りおうただけで…」


「…それにしては馴れ馴れしいな。」



おそらく服部の顔をみたときから、彼がどのような人物で、どういったつながりなのか検討はついている筈なのに、とシノブは不思議に思う。


降谷はシノブを自分の背に隠すようにして、服部を威嚇している。



二人に喧嘩もしてほしくないし、目立つこともしたくないシノブは、さっさとこの場から離れることにした。




「とりあえず平ちゃんはコナンくんとこに行った方がいいし、安室さんは私とデートでしょ。」


「そ、そやそや!ほな行くわー!またな、姉ちゃん!」



そこまで言うと、助かったと言わんばかりに服部が返事をする。


まだ降谷の顔は怖いが、さっさと退散するに限る。


人の恋路を邪魔するやつは何とやらである。




だがそれにしても、知らない人扱いにナンパ男扱いを受けるとは随分な日だった。


踵を返して少し走り出したところで、服部は最後だけ少し仕返しをしてやろうと思う。




「そういえば姉ちゃんの服、薄い青色がキレーやなぁと思とったら、兄ちゃんの色やったんやな!」


「…な、えっ!ちょっ平ちゃ…」





似合うとるで!ほななー!!と元気いっぱいの声で走り去っていく服部。


さすがの洞察力だ…。降谷さんを見てすぐ気づかれたに違いない。



降谷さんの、瞳の色と同じ色をしたワンピース。



残されたのは顔を真っ赤にしたシノブと、先ほどの恐ろしい顔とは打って変わってにこやかな降谷。




「さてシノブさん、今日のワンピースもよくお似合いですよ。まるで俺に包まれているみたいですね。」



「…降谷さん、もう恥ずかしいから止めて。」



「車は少し先に停めてあります。またナンパに捕まるといけないので、手は繋いでいきましょうね。」








(ほんと、嵐のような子だったわ…)



(次は同じ色のピアスでもプレゼントしようか…。)

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