大切なもの




「もう頂上だけど…!」


「降谷さんの推理が正しければ、恐らく花火が記憶を取り戻すキーだった筈だが…」




風見とシノブは覗き込むように景色を確認する。

ちょうど頂上近くになり上がった花火はすでに燃え尽きた。


観覧車に半ば無理やり乗り込んだときに風見にキュラソーの記憶を取り戻す計画を聞いたが、空振りに終わったようだ。

それならば、いつまでもここにいる必要はない。




「風見さん、ここから直ぐに脱出しますよ。」


「脱出?!なぜわざわざこんな場所で…」


「奴らがどこから仕掛けてくるか分からないからよ。観覧車の中に、既に潜んでる可能性もあるわ。」



さあ早く、と風見に向き直ると、急に立ち上がって隣に立つキュラソーに驚く。

まさか、とキュラソー肩を掴みこちらを向かせるが、すでに彼女の瞳孔は開き、苦しみ出した後だった。



「なんだ?!落ち着け!!今救急車を呼んでやる…」

「!風見さん、危ない!!」

「なに?!」



苦しんでいたのも束の間、キュラソーの繰り出した蹴りが風見を襲った。

やはり彼女も幹部、まともにやれば勝てそうにもない。

ジリ、と睨み合ったまま、シノブはキュラソーから一定の距離を保つ。



「そんなに私が恐い?子猫ちゃん。」


「…誰が貴女なんか。記憶を取り戻したのはいいけど、このまま組織に帰られるのは困るのよ。だから大人しく座っててほしいんだけど。」


「…それは難しいわね。」



そう言って薄く笑うと、落ちていた風見のスマホを弄り、どこかへ電話を掛け始めた。

十中八九、その相手は組織の人間だろう。

短い通話が終わり、キュラソーがこちらを振り返る。

その表情には先ほどまでにはない、何かを決意したような強い瞳が宿っていた。



「…私は行くわ。」


「はぁ…?貴女、なに言ってるか分かってるの?今の会話からして、ここにいれば帰れるんでしょう。」


「…そうね。でも、私は今まで通り組織に縛られて生きるのに疲れてしまった。記憶を無くしてた頃の自分が…とても幸せだったのよ。」



今更幸せを願うのも変よねと、彼女があまりに辛そうに笑うので、思わずシノブは腕を掴む。



「…一緒に逃げましょう。」







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キュラソーの記憶が戻る少し前のこと。



闇夜に隠れるように静かに観覧車の車両上部に立つ男、赤井秀一。




ライフルバックを背負う彼の前にヒラリと立ちふさがる影。



公安警察警備企画課 降谷零

その場で上着を脱ぎ捨て身軽になった後、2人は必然的に向かい合う。




「来ると思っていたよ、降谷くん。」


「…この件から手を引けと言っているだろ!FBI!」



キツく赤井を睨んだまま、戦闘体制にはいる降谷。

それに対して赤井も得意の截拳道の構えを取るが、先に仕掛けることはしない。



「…降谷くん、シノブはどうした。そちらに行っていた筈だが…」


「…ああ、やはり貴方の差し金でしたか…困りますね、彼女を危険に晒すのは金輪際止めていただきたい!」



彼女の名前を聞いた途端、降谷の瞳に復讐とは別の炎が灯る。

徐々に熱さを増す降谷に対し、赤井は冷静に言葉を続ける。




「君は…彼女を泣かしただろう。俺に手を引けと言うのなら、君が泣いている彼女の涙を拭うべきではないのか?」


「!…簡単に言うな!お前なんかに、何もわからないくせに!」



俺が傷つかない場所に彼女を追いやろうとしているのに、横からお前が手を出すから…


…彼女を諦めきれない俺が、彼女を傷つけてしまうんじゃないか!



「彼女を危険に晒したくなかった!仕方がないだろう!」


「…何を今更…君は正気か?それならば自分がバーボンだと、降谷零だと言わなければ良かったんだ。」




しかしそれでは彼女は手に入らない!



赤井と自分の心の声が重なった。



それを打ち消すように降谷は赤井へ向かって拳を振り下ろす。





「わかっていただろう!正体を明かした時点で危険は付きまとうことくらい!」


「…うるさい!!」


「それでも!彼女が…シノブが欲しかったんだろう!降谷くん!」




分かっていた、分かっていたのだ。


正体を明かしたのは自分のエゴだ。


俺は彼女に俺自身を知って欲しかった。


降谷零をみてほしかった。


一緒にこれからの時を過ごして行きたいと、そう思ってしまった。






赤井の拳が身を打つ。


自分の拳は、なかなか赤井には当たらない。




「…俺が正体を晒し、彼女を巻き込んでしまったからわざわざ嫌みを言いに来たのか!FBI!!」


「そうじゃない。いい加減に周りを見たらどうだ?いつまで君だけの世界にいるつもりだ。」


「っ知った口を!!」


「なら聞くが、シノブは君に巻き込まれたと思っていると思うのか?」




なぜ彼女が泣いたのかわからないのか?


彼女の気持ちに向き合ったことがあるのか?


君は彼女を想っていると思い込んでいるが、それこそが君のエゴではないのか?





「彼女を危険に晒すから離れる…?危険に晒されようが、何が起きようが、惚れた女が一緒にいることを望んでいるのなら…離れたくないと涙を流すのなら、君が隣で守ってやればいいだろう!」




あいつを、キミが守ってやれ!






赤井の重い一撃が入り、バランスを崩す。


咄嗟に懐に伸ばした右腕が目の前の真っ黒なシャツに引っかかり、道連れにする。




「…簡単に言いやがって…!」








(本当に大切なものは、失うのがとても恐ろしいというのに)

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