気持ち




既に日は落ち、水族館の光が眩しい。

急がないと、キュラソーを観覧車に乗せるわけにはいかない。

シノブは激しく上下する肺の上を抑えあらかた息を整える。

そしてまっすぐ観覧車へと駆けていった。






先ほど降谷が走り去った直後のこと。


とりあえず赤井に連絡を取ろうと涙をぬぐい、自分も目的地に向かって走りながらスマホに手を伸ばした。



「…新ちゃん」

『姉さん!今どこにいるんだ!?赤井さんと一緒か!?』

「ううん、今は一緒じゃないけど…どうしたの?」

『公安がキュラソー…組織のスパイを警察病院から連れだしたんだ!彼らはキュラソーの記憶を取り戻そうとしている!向かった先は東都水族館の観覧車だ!』

「!」



馬鹿なことを…!

記憶を失っているとはいえ相手は組織の幹部。

それに、必ず奪還のために組織が仕掛けてくることもわかっているだろうに。



「警視庁やFBIはそれに関わってないの!?」

『公安の単独行動みたいだ!』

「そう…でも恐らく安室さんもそこにいるわ。きっと赤井さんもね。」



安室さんは先ほどまで私と一緒にいたし、その前は言うまでもなく動くことは出来なかった。

だとすれば、今キュラソーを連れているのは風見さんだろう。

今頃安室さんは風見さんと合流するために動いている筈だ。




「私も観覧車に向かうわ。一部公安には顔が聞くから。」

『!姉さん、奴らはキュラソーを奪還しようとしているんだ、危険だぞ!』

「分かってる!でも絶対に誰も死なせたくないの!少しでも役に立つなら…新ちゃんや赤井さん、安室さんたちが戦ってるのに…」


瞼が熱くなるのを、ぐっと唇を噛んで我慢する。

いつもはあまり泣かないのに、今日は涙腺が弱くなっているようだ。






『姉さん…こういうデカい事件だからこそ言うけど、もっと自分の気持ちを整理するんだ。』


「え…?」


『俺たちのことを大切に想ってくれているのは分かるよ…。でも、その中に他の人とは違う理由で想っている人がいるんじゃないのか。俺だって、姉さんの気持ちの奥底までは分からないし、姉さんが気づくことだと思ってる。本当はもっと時間がかかるものなのかもしれない。けど、今の気持ちのまま、この件に関わるのは危険だと思う。』



真剣な新ちゃんの声に、黙って耳を傾ける。



『姉さんは強いよ。役に立たないわけがない。でも、”みんな”を守れるとは限らない。今は俺や赤井さんや安室さんが危険かもしれないと思って、普段の冷静さを欠いてるように思う。自分がするべきこと、”自分のしたいこと”をきちんと考えてほしいんだ。』




私のしたいことって?



ノックリストの奪還?



新ちゃんと赤井さんのサポート?



組織の作戦を潰すこと?





『俺だって、赤井さんも安室さんも姉さんも、みんな心配だ。でも、今はノックリストを奴らに渡さないことを最優先に考えてる。それは、姉さん達を切り捨ててるわけじゃない。俺は、みんなを信じてるから、いつも自分の最優先を目指せるんだ。』



昨日から今まで、ピリピリと張りつめていた今にも切れそうな糸が少し緩み、再びピンと張り直される。

それはギチギチにキツく締められたものではなく、美しく、真っ直ぐに、けれど力強く張られた透明の糸。



『姉さんの守りたいものは、なに?』



自分も急いでるのに、そんなに優しく聞かないでよ。

弟のくせに、生意気だなぁ。



「…わかってたよ、最初から。自分の気持ちくらい自分でね!」



ふっ、と電話口で微笑む気配がした。

それを合図に通話を切る。




「風見さん!!」


「な…シノブさん!なぜここに…!」


「私も乗せてもらいますよ!」



降谷さんは、私がサポートします!

そう叫び、他の刑事達を押しのけ、観覧車のドアを閉めた。



「馬鹿な…!!シノブさん!貴女何をしているかわかっているんですか!こんなところまで来て、降谷さんがどんな思いで貴女を…!」


「わかってますよ!」



キュラソーをゴンドラの椅子に座らせ、高くなっていく景色を見下ろす。



「わかっていない!降谷さんは貴女を守りたくて…!」


「そんな押し付けがましい気持ちは熨斗をつけてお返しするわ。」




わかっていない。


私たちはお互いにお互いを理解していない。




「しおらしく涙を流して男の言いなりになる女が良い女だと思うの?」


「シノブさん…」






(…姉さんは公安と一緒にゴンドラに乗り込んだみたいだな。俺は早く赤井さんと安室さんを探さないと…!)

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