奪還へ
一度自宅に寄り服だけ着替えて、すぐにマスタングに乗り込む。
先ほどベルモットに言われた住所をスマホのナビに打ち込み、赤井さんにルートを指示する。
ここからそんなに遠くはない。
着くまでに新ちゃんに連絡しておこうと電話帳を呼び出す。
コール2回で繋がった。
『もしもし、姉さんか!?FBIから昨日の事故に巻き込まれたって聞いたけど、大丈夫なのかよ!』
「落ち着いて新ちゃん、私は大丈夫だから。それより今どこにいるの?」
急いてこちらの状態を確認する新ちゃんを宥め、現状把握に努める。
きっと彼もこの件に関わり、すでに動いているだろうから。
『さっきまでFBIと一緒だったんだが、今は博士んちに向かってる。実は昨夜…』
「知ってるよ。ノックリストが奪われたんでしょ?」
『!ああ、そうか。姉さんには赤井さんが付いててくれてるって言ってたな。』
「聞いて新ちゃん。すでに安室さんとキールが捕まったの。これから赤井さんとその地点に向かい、救出を試みるつもり。」
『なんだって!くそ…思ってたより早いじゃねぇか。』
画面の向こうで焦る新ちゃんの顔が想像できる。
私だって、かなり焦っているのだ。
赤井さんの運転するマスタングは着々と目的地に向かっている。
『赤井さんはFBIから聞いているだろうが、ノックリストを奪った女が組織に報告のメールをした後、記憶喪失になっちまったみたいなんだ!』
「ええ、私もさっき少し聞いたけど、今は警察病院にいるみたいね。」
『ああ!こっちはこっちで2人を助けられるよう動いてみる!その女が持っていたスマホの解析を博士に頼んでてそれがもうすぐ出来そうなんだ!』
「…なるほどね。分かった!また連絡する!」
『ああ、姉さんも赤井さんも気を付けて!』
普段なら、危険だとか止めろとか口煩く言ってくる弟だが、そんなことを言っていられないのだろう。
伝わってくる余裕の無さが、余計に私の不安を煽るが、いつもピンチを救ってくれる頼れる弟なのだ。
今はお互いにお互いを信じて動くしかない。
「シノブ、着くぞ…」
「了解。」
奴らの目につかないよう、空の倉庫に隠すように停めたマスタング。
位置を確認するとベルモットが言っていた場所からは2キロ程離れている。
2人が捕えられているであろう倉庫に向かいながら、赤井さんは狙撃ポイントを探した。
ただのプレハブ倉庫の上からでは、高さも足りないし隠れるところもない。
少し走ったところで赤井さんが足を止め、こちらを見た。
「待て」
コンテナを背にした赤井さんに片手で背に追いやられる。
奴らが倉庫に着いたようだ。
「やはりすでに安室くんと水無怜奈は捕まってしまったようだな…」
「…赤井さん、2人を助ける案はあるの?」
「そうだな。俺は今から倉庫内の奴らを狙える狙撃ポイントを探す。シノブは倉庫外から中の様子を伺ってくれ。」
裏切り者に制裁を加えるだけだというのにジン、ウォッカ、ベルモットの3人が来たのだ。
十中八九キャンティとコルンは別任務についてるだろう。
この制裁自体が、誰かをおびき寄せる罠だったとしたら、外でスナイパーが待ちかまえている可能性があるが、今回はその心配はない筈だ。
「危ないと思ったら逃げるんだ、いいな。」
「わかってる。赤井さんは、二人を助けるのに集中して。」
シノブは赤井へ自前の通信用インカムを渡し、5人が消えた倉庫へと向かった。
赤井もすでに目星を付けていたのか、狙撃ポイントへと急ぐ。
『赤井さん、どうやら2人は手錠で柱にでも繋がれているみたい。…ピッキングくらい出来るだろうけど…』
「奴らの目を盗んで外すことは不可能に近い。一瞬でも気を逸らすことが出来れば、安室くんなら可能かもしれないが…」
『私が外から気を引こうか?』
「いや、それは危険だ。…今狙撃ポイントに到着した。中の様子はどうだ。」
『2人がノックだと言うことに半信半疑みたい。…でも、きっとジンなら…』
まだ2人への尋問は続いている。
シノブと赤井が、それぞれ好機を待つ。
タイミングを図れなければ…
いつも事件が起こったときは冷静に考えろと他人に言っているくらいなのに、今日は胸がざわざわと落ち着かない。
シノブが目を閉じて息を吐いた瞬間、一発の銃声が倉庫内に響いた。
『安室さん…!』
「落ち着け!威嚇だ!」
シノブの悲痛な声に、やはり1人で置いておくべきではなかったかと後悔する。
落ち着かせようと呼び掛けるが、目の前で安室くんがいつ殺されるかわからない状況なのだ。
自分が彼女の立場で、彼女が捕らえられていたとしたら…
考えかけて再びスコープを覗いた。
彼女と離れている今、自分に出来ることはこれしかないのだ。
「安室くんもシノブも、もう誰も撃たさんよ。」
(赤井さん!ジンがカウントダウンを始めた!カウントゼロで私が奴らの気を引く!)
(焦るんじゃない。作戦を伝える。)