NOC
安室さん、どうしてそんなに辛そうな顔をしているの
なんでいつもみたいに優しく笑ってくれないの
なんでそっちに行っちゃうの
なんで…
…ぃ…おい…シノブ…
「シノブ!」
「!」
目の前に人の顔があると理解できるまで10秒
先ほどの映像が理解できず見開いたままだった瞳の焦点を合わせた。
「赤井…さん」
「…随分と魘されていた」
差し伸べられた手を取りゆっくりと体を起こすと、少し頭と左足が痛む。
ぼうっとしている私に、頭はぶつけたときに少し切ったのと、左足は捻挫だと教えられた。
軽い打撲や擦り傷は所々にあるものの、そこは湿布や絆創膏でカバーされている。
「ふふっ、これだけ見ると、凄い怪我してるみたい。」
「…痛むなら動かさなくてもいいぞ」
水を飲ませてやろうか、とミネラルウォーターの入ったペットボトルを近づけられるのを手で制す。
この人はきっと病人の世話をしたことが、あまりない。
「それより赤井さん、昨夜のことは…」
「…そのことなんだが、まず確認したいのは、お前が安室くんにどこまで聞いているかだ」
確かに、赤井さんの言う事はもっともだ。
赤井さんとは両親や新ちゃん繋がりで知り合い、赤井さんがFBIで組織に潜入していたがそれが組織にバレてしまい、冲矢昴としてうちの実家に住んでいるということを教えてもらっている。
そのまた赤井さんや新ちゃん繋がりで、ジェイムズさんやジョディにも紹介してもらった。
安室さんはと言えば、ひょんなことから知り合い、安室さんからの猛アプローチを受け…
あれ?どうだったっけ…
彼は私のスケジュールが空いた時にはデートのお誘いをしてくれる。私が忙しいときは体調を気遣う連絡が入っていることもあり、連絡が取れなかったりするとすぐに心配する。
…それは関係ないか。
のちに、これは赤井さんも知っていることだが、彼から直接話を聞くより先に周囲から安室さんの素性について聞くことになるのだが…。確かに、私がどこまで知っていて彼の近くにいるのか赤井さんは知らない可能性もある。
「というか、私もどこまで安室さんのことを赤井さんに話していいのかどうかも迷うよ。」
安室さんが私を信頼して言ってくれたこともある。
こちらも、赤井さんが安室さんのことをどこまで知っているかによって言えないだろう。
赤井さんはフム、と顎に手を当て、考える素振りをした後すぐに話し始めた。
「…彼は本業の方で動いている。俺たちが追っていた人物は例の組織の人間で、昨夜警察庁からあるデータを盗み出した。」
「安室さんが、自分の顔を知っている恐れのある組織の人間を追うなんて…一体どんなデータなの?」
「Non-official cover、ノックリストだ」
NOC ―ノック―
敵対勢力などの情報を得るため、諜報活動などをする者の総称であり、敵からは【スパイ】味方からは【エージェント】と呼ばれる。
そのリストが盗まれたということは…
「赤井さん!いま何時!?」
「昼過ぎだが…そう急いても体に悪いぞ。」
「そんなこと言ったって…このままじゃ安室さんが…!」
ピリリリリリ…
急いでベッドを降りようとした身体を赤井さんに受け止められると、ベッドの隅に置かれていた私のスマホが着信を知らせる。
赤井さんが頷くので、病室の中だが失礼して非通知と表示された画面に指を置く。
「もしもし…」
『ハァイ、お元気かしら』
「貴女…!何の用なの」
機械越しにクスクス笑う気配がする。
なぜこの番号が…と一瞬考えたが、どうせハッキングでもしたのだろう。
『今から言う住所にバーボンとキールを連れて行くわ。何が起きているかはもう知っているんでしょう?』
もちろん、倉庫にいるのは私だけじゃないわよ。
FBIにでも相談して、なんとかしてもらったらどうかしら。
車を運転しているのか、通話の向こうでは微かに聞こえる走行音。
「なぜそのことを私に…」
『私にはバーボンが死ぬことによって不都合なことがあるの。非常に不本意だけれど。…貴女だって、バーボンに死なれたくないでしょう?』
「っ貴女と一緒にしないで!」
じゃあ待ってるわ。
ベルモットからの通話が終わった後、私を支えてくれていた赤井さんの手を握る。
赤井さんも会話が聞こえていたのだろう。
私の頭をひと撫でして、立ち上がった。
「言う事を聞かないのはすでにわかっているが…足は大丈夫なのか。」
「テーピングし直して、持ってる痛み止めを飲むから大丈夫。」
夢に見て悩むのは性分じゃない。
必ずもう一度会って、安室さんに向き合おう。