痛み
首都高を走るタクシーから目に入る光が多すぎて目を細める。
今日は新しく出来た東都水族館で、私がデザインした水族館内のショップでしか買えないアクセサリーのイベント打ち合わせをしていた。
その後スタッフの方に館内を軽く案内してもらったのだが、リニューアル直後の建物は美しく、学生の頃に新ちゃんと行ったきりだったことを思い出した。
(安室さんか赤井さんを誘ったら、一緒に来てくれるかな…)
大観覧車も売りにしているだけあってとても好奇心を擽られた。
頂上で、花火とライトに彩られた世界を観てみたいと思った。
「なんだ?!」
「え?」
運転手が急にハンドルを切る。
シートベルトをしているとはいえ、急な動きに身体がついていかず、激しく揺さぶられる。
数秒の世界。
前を向くことも出来なかった私の目の端に移ったのは前を走っていた筈の軽自動車だった。
「ああッ!」
運転手がすぐにブレーキを踏み込み、ハンドルを切っていたことに感謝した。
シノブが身体を打ちつけたショックに立ち直ったのは案外早かったと思われる。
運転手は救急車を呼んだ方がいいだろう。
タクシーの助手席側は大きく凹んでいる。
身体は少し痛むがドアを開け、辺りを見回す。
(なに、これ…)
前の軽自動車だけしゃなく、それより先でも煙が上がっているのが確認できる。
「シノブ!」
現状が把握できず、フラフラと数歩進んだところで、低く鋭い声で名前を呼ばれた。
働かない頭を叱咤するように頬を二発叩き、数十メートル先を見る。
「赤井さん?!」
「そこは危険だ、早くこちらに来るんだ!」
愛車のマスタングにセットし、ライフルのスコープを覗いている。
後ろに、と目を離さぬまま指示され、素直に赤井さんのすぐ後ろに移動する。
「座っていろ。後で病院に連れて行ってやる。」
「赤井さん…何を…」
「悪いが少し黙っていてくれ。お前の声はすぐに俺の気を取ってしまうのでね。…来たか」
煙にやられた目を凝らして見ると、向こうから車のライトが見える。
…車の、ライト?
かなりのスピードで迫るそれの延長線上にいるマスタングが、赤井さんの狙いを教えてくれる。
赤井さんが引き金を引いた。
私は赤井さんのライフルが狙いを射抜けなかったところを見たことがないけれど、目の前で逆走車がトラックと防音壁にぶつかり、海へと姿を消したのを目の当たりにし、安心からか息をついた。
その後すぐにマスタングの前に滑り込んだ痛々しい姿の白いRX-7。驚いている間に安室さんが乱暴にドアを開けて出てきた。
「赤井ッ!」
「っ止めて、安室さん!!」
怒りのまま赤井さんに向かって行こうとする安室さんを止めようと、声を張り上げた。
赤井さんの後ろにいる私に気づき、目を見開く安室さん。
でも状況にまったくついていけていないのは、私の方なんだから。
「どうしてシノブさんが…!」
いつもの心配する表情で走り寄って来ようとした動きを、ほんの数歩手前で止める。
私を抱き起こそうと手を差し伸べたところで固まってしまった安室さんに、そっと声を掛ける。
「安室さん…?」
「…!」
こちらから手を伸ばすと、さっと手を引っ込めてしまった。
なにか、嫌な感じがする。
なんでこっちにきてくれないの?
「…赤井さん、安室さん、二人とも何をしていたんですか?今度はなにが起こってるんですか!」
身体がズキズキと痛み出した。
眉間に皺が寄ってしまうのも、声が震えてしまうのも、きっとそのせい。
「…貴女には、関係ありませんよ」
「ぁ、安室さん…?」
あと数センチで届く距離から、翻す背中。
赤井さんが隣にしゃがんでくれたのが分かったが、前を行く彼が振り向いてくれるのを待っている私はそちらを見ることができなかった。
「…シノブ、気づいてないだろうが頭部から少し出血している。早く治療を…」
ああ、だから身体が痛いのか。
だから力が入らなくて立てないのか。
この涙も、痛みのせい。