放置厳禁
ぶらりと立ち寄った実家
いつものように、ただいまとだけ玄関で声を掛け廊下を進む。
リビングの扉を開けると、グリーンの瞳と目が合った。
普段は優しげに細められるその瞳は今日はどこか不機嫌そうだ。
どうかしたの、と尋ねても特に返事は返ってこない。
まぁ彼もそんな気分のときもあるだろう。
あまり気に止めずキッチンで珈琲を入れているとふわりと香る煙草。
腹に回された腕に手を重ね、その香りを感じながら広い胸に頭を預ける。
やはり鍛えられた胸板は少し固いけど、しっかり守られているようで安心する。
すると頭に顎を乗せられ、ぎゅっと強く抱きしめられた。
「…ひと月ぶりじゃないか?」
そう低く呟かれ、確かに、と納得する。
ちょうどひと月前に原稿が上がり、缶詰めになっていた反動でふらふらと遊び歩いていたのだ。
それこそ、北は北海道、南はオーストラリアまで。
「ちょっと息抜きに取材もかねて旅行してたの。お土産もあるよ?」
「…後でいい。」
困った。
普段の赤井さんを知ってる人は驚くだろうけど、赤井さんは二人きりのときはたまにこうやって拗ねる。
しかもスキンシップが多い。
いつだったか、スマホが壊れて新しいものにしたとき、赤井さんに会う機会が特になくて1ヶ月過ごしていたら今の自宅前で待ち伏せされた。
これまた抱きしめられ、そのまま外で数十分説教された。
「赤井さんも珈琲飲む?」
「…ああ。」
赤井さんを背にくっつけたまま、珈琲を入れ終えテーブルに着く。(赤井さんは途中で引き剥がした)
「しばらく執筆はしないからさ、また一緒にお買い物でも行こうよ。」
ね?と赤井さんのご機嫌を伺いながら提案すれば、ぎゅっと眉間に皺を寄せ、長い息を吐かれる。
その後に聞こえた了承の返事に安心する。
「ところでシノブ、新刊は新しいシリーズになるらしいな。」
発売を楽しみにしておく。
機嫌が治っていつもの赤井さん。
その新シリーズのヒーローを思い浮かべ、すぐ消した。
赤井さんには新刊発売日にまた機嫌伺いに来ようと決めて、ありがとうと答えた。
(あ、安室さんから電話…)
(『シノブさん!もう日本にいるんですか?!』)
(……赤井さぁん)
(怒られてこい)