フェイス
煌びやかなドレスを纏い、髪を美しくまとめ上げた女性やいつもより念入りに髪を撫でつけパリッと糊のきいたシャツとブランドのタキシードを着込む男性。
大きなシャンデリアが輝くパーティー会場は、船の上だ。
ゲストは政界のお偉いさんや有名人。
今回の僕…バーボンの任務は、このパーティー主催者の大富豪の婦人に取り入り情報を聞き出すこと。
ボーイの格好をしてドリンクを持ち、ターゲットの姿を探す。
丁度フロアの真ん中でゲスト数名と談笑しているところだった。
「マダム、ドリンクはいかがですか?」
「ああ…いただくわ」
「はい、いつものです」
まあ取り入るといってもすでに一週間前から潜入し、マダムの懐に入った僕はすでにお気に入り認定されている。
大方情報も搾り取れているので、今夜が最終日だ。
適当にマダムとの距離を取りながら過ごすだけ。
マダムの肉付きの良い手が僕の腕に回される。
「あら、可愛らしいボーイさんですわね」
「そうでしょう?今のワタシのお気に入りなのよ」
「そんな…光栄です、マダム」
周りにいた貴婦人たちがわらわらと集まる。
マダムはこれ見よがしに僕の頬を撫でた。
うーん、相変わらず香水臭い。ベルモット以上だ。
「マダム、お食事はどうされますか?」
「そうねぇ…適当に持ってきてくれるかしら」
要望ににっこりと笑顔で答えその場を離れる。
フロアの端に並べられた豪華な食事を一皿に見目よく盛っていく。
あの女は肉が主食のためどうしても茶色くなりがちな色彩を、食されないことを承知で少量の緑で飾る。
「で、今度の新作はいつ発売するんです?いやー楽しみですなぁ!」
「そうですね…今年の冬までには出したいですね」
ピタッとトングを持つ手が止まる。
あまりに聞き覚えのある声に、ぎぎぎと首をその方向に無理やり向けると、こちらに背を向けた状態で初老の男性と談笑する姿。
後姿だが、ミルクティーブラウンのウィッグを付けているが、10センチのハイヒールを履いているが自分には分かる。
予期せぬ愛しい恋人の姿に一瞬頭がフリーズするも、今は黒の組織幹部のバーボンだ。
軽く頭を振ってマダムの元へ戻った。
「あら、私の好みをよく分かってるわね、ボウヤ」
「もちろんですよマダム。あちらの椅子へどうぞ」
「ありがとう。貴方も来てちょうだい」
そう言われ、堂々とゲストに見せびらかすように主役用の豪華なテーブルに着く。
その後も代わる代わる自分の元を訪ねるゲストに僕の腕に厭らしく手を絡めながら対応して行く。
「マダム」
「あらー!ミス・工藤!お久しぶりねぇ」
そんな中一際対応の声を明るくして迎えたのは彼女だった。
アイスブルーのロングドレスだが、右に大きくスリットが入っている。ハイヒールのカラーは彼女の瞳のものと同じだ。
彼女の纏うドレスのカラーに、彼女を自身が包んでいるようで気持ちが少しざわついた。
「今度の新作のバッグ、美しかったわ…。いつもながらセンスが抜群ねぇ」
「ありがとうございます。お褒めいただいて、光栄至極ですわ」
座っているマダムに合わせ、少し膝を折った彼女の大きく開いた胸元に目が釘付けになる。
あ、これはヤバい。
マダムと彼女が楽しく世間話をしている間、赤井の顔でも思い浮かべてやり過ごそうと決める。
「ところでマダム、そちらの彼は…?」
「!」
と思ったが、急に彼女から話を振られ、すぐにバーボンの顔を作る。
シノブの行動が読めず、鼓動が早くなりそうなのをなんとか落ちつかせる。
「ああ、最近お気に入りの子なのよ。美しい顔をしているでしょう?」
「ええ、とても整っていらっしゃるわ。ねぇマダム、そろそろダンスの時間ですわ。彼をお借りしても?」
「え…」
マダムに上目遣いでおねだりする彼女の仕草に心臓が跳ねる。
な、なんでこっちがどきどきするんだ。
「そうねぇ、私はダンスはしないから。彼と貴女なら美男美女だし、目の保養にもなりそうだわ。」
「ありがとうございます。彼は、名はなんと?」
「『トール』よ」
マダムの目配せで立ち上がり、彼女の手を引き自身の腕へと絡ませる。
彼女は夜会巻きにまとめ上げた髪を崩さないように軽く肩に頭を預けてくる。
正直、とても可愛い。
フロアの中心に移動すると、丁度曲が流れ、周りのゲストも次々とペアになって踊りだす。
彼女の手を腕から離し、手を取ったまま向かい合い、そのままゆったりとステップを踏みだした。
「…まさか貴女がこの会場にいるとは思いませんでした」
「あら、ちゃんと記帳はしたんだけど…見逃すなんてらしくないなぁ。そこまでチェックしてないってことは、さしずめ今夜が最終日ってところかしら。」
「シノブさん…僕相手に推理しないでくださいよ」
さらっとこちらの任務事情を言い当てられて少し焦る。
こちらの仕事の邪魔はしないだろうが、心臓に悪い。
「今日のその感じだと、『トール』さんはこちらの方ね」
そう言って彼女は僕の胸に片手を添える。
そんな仕草にもドキドキと心臓を打ってしまうのだから、身体は正直だ。
ブラックのベストに手を添えたまま、頭をその上に預け、しな垂れかかるシノブさん。
「シノブさ…」
「鼓動がいつもより早いわ」
思わず背中に回そうとした腕を彼女の肩に置きなおした。
曲はすでに止まっており、次の曲に移ろうとしている。
「なっ…その、これは…」
恋人相手に余裕のない様子を悟られたのに気づき、取り繕うとするが、彼女の不敵な笑みに言葉が詰まる。
彼女は僕の目を濡れた瞳で見上げた後、目を閉じた。
「…シノブさん」
「……」
吸い寄せられるように自分も目を閉じ、そのグロスで美しく彩られた唇に迫る。
このままキスをして彼女を攫ってしまいたい。
しかし次の瞬間唇に訪れたのはむにっとした暖かい感触。
驚いて目を開けると、少し背伸びしたであろう彼女が顔を覗き込んでいた。
「む、むぐ…シノブさん…」
「生憎、私には恋人がいるんですよ。貴方はお仕事に戻ってくださいね、『トール』さん?」
人差し指を僕の唇に当てながら艶を帯びた声でそう告げ、ぱっと身体を離した。
任務の途中というのは的を得ていること…というか今自分がしようとしていたことは任務放棄にも当たるようなことであり、それを止めた彼女が正しいのだが…。
「…ここまで煽られておあずけなんて…」
呆然と呟く彼を背に、シノブは先ほどまでの妖艶な雰囲気を払い、いつもの笑みで船を降りて行った。
「任務の邪魔は極力しないけど、私にヤキモチを妬かせた仕返しよ」
(シノブさん!)
(降谷さん、お疲れさま)
(キスさせてください!)
(…ん)