第一の狙撃


「……」

「…なあ姉さん、いい加減その顔止めろよな」



本日晴天、展望台日和。

いつもの少年探偵団と女子高生ペア一行は、現在足を着けているこの建物…ベルツリータワーの完成披露イベントに参加している。

360度パノラマで美しい青空と発展した都市風景を見渡せ、来ている人はみなその光景に夢中であった。

…この姉弟を除いて。



「嫌よ」

「姉さんがそんなに機嫌が悪いと蘭や園子も気にするだろ?」

「それは申し訳ないと思うけど、今回は私もとても頭に来てるのよね…」



姿が小学生の弟に窘められている姉、工藤シノブは傍から見ても険しい顔をしていた。

具体的に言うと、眉間の皺は深く、何者も近寄りがたいオーラを放ち、指紋一つ付いていない透明なガラスから下界を見下ろしている。



「そもそも何が原因であの人と喧嘩なんかしたんだよ…」

「……」

「姉さんがそんだけむくれてんのってかなり珍しいじゃねーか」

「…新ちゃんには言わない」

「ハァ?」

「もー、機嫌が悪いのは申し訳ないけど、理由は言わないわ。ほら、新ちゃんもさっさと蘭ちゃんたちのところへ行きなさい」



しっし、と半眼になりながら実の弟を追い払う。

しばらくその態度に反抗的な視線を向けていたコナンだったが、タイミングよく少年探偵団に引きずられて行ったおかげで、今やシノブの近くには誰もいない。



「…まー本当にいい天気と景色だこと」



曇りない透明に指を走らせ、怠そうに呟く。



「そんな顔してどうしたんだよ、シノブ姉!」

「…真純ちゃん?」



そんなシノブの様子に臆することなく話しかけてくる人物

世良 真純

赤井秀一の実の妹であり、女子高生探偵

真純はまだ赤井が生きていることは知らないので、シノブは時折反応に困ることがあるが、この無邪気に懐いてくれる女の子のことを蘭や園子のように大層気に入っていた。



「ここの皺、すっげー深くなってるぞ!」

「む…」



笑顔の真純にぐーっと眉間を押されるが、皺が取れる様子はない



「そんな顔してるの珍しいよなあ、せっかくの可愛い顔が台無しだぞ」

「…ううーん、まあ色々あってね」

「わかった!恋人のことだろ?」



にやり、とチャームポイントの八重歯を覗かせると、先ほどまでシノブを映し出していた透明な壁に腕が置かれる。

傍から見れば男性に迫られているとしか思えない光景だが、本人は大好きなシノブに近づいて話をしているだけに過ぎない。



「あら、なんでそう思うのかな?女子高生探偵さん?」

「はは!こんなの推理じゃないさ、こんな表情のシノブ姉は、今まで色んなことがあったけど見たことなかったぜ?それって、きっと最近できた恋人のせいだろうなって予想しただけさ」

「…ふうん」



朝から蘭に園子にコナンに真純、色んなところでその話になり、いい加減シノブはうんざりしていた。

顔に出ている自覚は十分にある。

だから今日は本当は外に出たくなかったのに。

そしてこういう日に限って



『きゃー!!!』

「…事件みたいね、探偵さん」

「行くよ!シノブ姉!」



今日はこの場にコナンがいるし、自分自身そんな気分になれない。

悲鳴ははっきりと聞こえたものの事件に首を突っ込むつもりは無いので傍観しようと思ったが、気づけば真純がしっかりと手を握っていて振りほどけそうにない。

というか既に走り出している。



「ちょっと真純ちゃん、どこ行くの!」

「シノブ姉は背を向けてたから分からなかっただろうけど、さっきの悲鳴は狙撃手にオッサンが撃たれたのを見た人の悲鳴さ!」

「そ、狙撃手ですって?」

「キラリと光る凶器がしっかりと見えたさ。可愛いシノブ姉の表情越しにね!」



誰より早くエレベーターに滑り込み、そのまま駐輪場へ。

いつもの真純の相棒へと辿り着くと、ようやくそこで手を離され、代わりに真っ赤なフルフェイスを放り投げられる。



「さあシノブ姉、早く乗って!ボクの腰にしっかりしがみ付いててくれよな!」

「…ああ、もうっ!こうなったらその犯人、絶対捕まえて美和子に突きだしてやるんだから!」

「そうそう!今回はボクたち美人探偵チームがいただきだ!」



ニイ、と心底嬉しそうにエンジンを入れる真純に、シノブは覚悟を決めて目を瞑った。












(なんでこうみんな風を切って走るのが好きなの…)


(なんか言ったか、シノブ姉!)

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