癒しの彼女


あー…クソ、マジありえねぇ…

先ほどまで表情筋フル活用で上げまくっていた目元と口の端が戻らない。

にこにこにこにこ、とりあえず相手方の話を延々と聞く。

内容は聞いていないが、話が終わりかけのトーンになっては「では、この件はそのように」と締めようとするが「ああ、頼むよ。悪いね、忙しいのに…この前も…」と続いて行く。

今日は午後から2件営業回って直帰の日だったのに、すでに定時は過ぎている。

ここ3日、夜の稽古にも間に合わず、住人がみんな部屋に戻っていくような時間帯にしか帰ることが出来ていない。



「あーだりーわマジ」



きっちりセットされた髪を掻き上げてネクタイを緩める。

ここまで来れば会社の人間も取引先の人間もいない。

俺、ロック解除エリア。



「癒されたい癒されたい癒されたい…」

「じゃあぎゅー…」



女神降臨、キタコレ

不意打ちを狙ったのであろう彼女の声にかなり驚いたが、こちらは連日の激務による心身の疲れと体力の無さにより反応が鈍くなった。



「なんでいんの」

「え?いや、普通に仕事からの帰りだけど」



あー、マジ疲れてる。

疲れてるから言動が噛み合っていない、仕方ない。

振り返ってぎゅうっと抱きしめ返すと、PCが入ったバッグでバシバシと叩かれた。



「抱きしめ返すのは禁止」

「え、何、厳しくない?」



離してやらないけど。

む、と眉間に皺を寄せながら見上げられる。

いや、本当は知ってる。

最近彼氏が出来た様子の彼女は、スキンシップはまだまだ多いけれど、過度なものは嫌がる。

(その微妙なラインめっちゃ難しいんですけど、難易度高いわー)



「あー俺の癒し…俺の女神…」

「頬ずりも禁止」



べちっと平手が飛んできたが、手加減されているので痛くない。



「なんで?万里とかにはしてるじゃん」

「万里ちゃんは男の子だからいいのよ」



コレなんて差別?たるち差別?

万里だって健全なオトコノコなんですけど。

悔しいのでさらにぐりぐりと頭をシノブに擦り付ける。

すると何かを察したのか諦めたような溜息の後、頭をぽんぽんと叩かれた。



「…ちゃんと撫でて」

「はいはい。どうしたの、至、そんな疲れてるの?」



疲れているか疲れていないかと聞かれれば、とても疲れている。

本来ならばここでキリッと立ち上がって何でもない風を装うのが格好いい男なんだろう。

しかし至には目の前にシノブがいると甘えるという選択肢以外無い。



「激務続き、もうヤバい。たるちHP1だわ」

「あらあら、じゃあ撫でてあげよう」



よしよしよし

髪を柔らかく撫でる手が物凄く心地いい。



「あー寝そうかも」

「ちょっと、寝るのは勘弁してちょうだい」

「寮まで連れてって」

「無理、今日は予定があるの」



もうちょっと甘えられるかと思って提案した意見はすっぱりと切り捨てられた。

いつもは、『みんなに会いたいから行くー!』って言ってくれるのに、まさかの返答。

そういえば今日はドレスワンピを着て髪も綺麗にアップしている。



「…ふーん、今日デート?」

「うん、だから今日は寮には行けないのよ」



ごめんね、と申し訳なさそうにする一方で、嬉しさが滲み出る様子に心が正直にイラつく。

せっかく可愛い格好のシノブが目の前にいるのに、気分はまた急降下して最悪。



「…ムカつく」

「こら、そんなこと言わないの」

「ムカつくからキスしてもいい?」

「は…」



ぎゅっと抱きしめて首に乗せていた頭をゆっくりと起こす。

そしてそのまま口をぱかりと開け、ほんのりいい匂いのする白い首筋へ近づける。



「おや、シノブさんじゃないですか」



ピタリ

背後から聞こえた落ち着いた声に数ミリのところで踏み止まる。

見えないけど、シノブの知り合いかよ、タイミングくそ悪。



「あー…ごめんごめん。ちょっと鬼連勤で疲れてた」



気だるげに頭を起こし、シノブの肩を叩く。



「別にいいけど…ほんとにしんどくなったら監督にでも相談しなさいよ」

「はいはい」



後ろ手を振り、肩を落としながら歩く。

社畜、一人身、マジきっついわー。

監督じゃなくて、アンタじゃなきゃ意味ないっつーの。



「お、白のFD…カッコイー」



よし、今夜はオールでマリカー決定。

万里付きあわす。








「…冲矢さんこそ、こんなところでどうしたの?」

「今日は肉じゃがを作ろうと思って買い物に出てきたんですが、生憎目が良いもので…」

「へえ…あ!!降谷さんとの待ち合わせ!」

「シノブ、とりあえず今日は楽しいデートは出来ないと思うぞ」

「目を開かないで、怖いから」






至vs降谷は気が向いたら書きます。

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