レモンパイの彼女


「こんにちはー」

「…いらっしゃいませ」



カラン、と小さなベル鳴り、つばの大きな帽子を被ったサングラスの女性が扉を潜る。

平日のティータイムを過ぎた頃。

店内にはバイトである俺一人。

特に案内するでもされるでもなく、カツカツとハイヒールを鳴らしてカウンター席へと座った。



「今日は何にしますか」

「そうね…珈琲はさっきいただいて来たから、紅茶にしようかな」

「ミルクティーっすね」

「そうそう」



はぁ、と大きく息を吐いてバサリと帽子を脱いだ彼女は、今日の表の仕事だったのだろう。

いつもより化粧が濃いめだ。

彼女が俺のバイト先に顔を出すようになって半年。

その中でも俺のシフトの間に彼女が顔を出すのが週に一回あるかないか。

それでもどうしても目立つ彼女を覚えるのは簡単で、すぐに好みも把握できたので楽に対応できている。

ちなみに俺は、このモデルやデザイナーの仕事を表、小説家の仕事を裏と呼んでいる。



「今日は忙しくてね…撮影はいつも断るんだけど、お世話になってる雑誌だから続けては難しくて…」

「…大変なんすね」



こうして俺しかいないとき、少しだけ仕事の愚痴をこぼしていくこともある。

あんまり客の事情に突っ込むのもよくないから、話はきちんと聞くものの、こうして当たり障りのない相槌を打つだけ。

それでも彼女はここでこうしてゆっくりと時を過ごしていく。



「…はい、え?今は…仕事終わってお茶してるとこ。え?迎え?いや、いいよ…これからコナンくんとこ寄るから」

「…」



彼女にはよく着信がある。

仕事や友人、家族実に様々な電話だが、一つだけ着信音が違うものがある。



「えぇ…うーん、わかった。じゃあ小学社の近くのコンビニで。うん、じゃあまた…」



もう、と呆れたように呟くが、表情は明るい。

俺は鈍い方ではないので、それどんな相手からかということはとっくに想像がついている。



「桃矢くん、レモンパイ四切れ 、テイクアウトで!」

「はい。もう用意してありますよ」

「さすが…。次は来週の水曜日にでも顔出すから 、またよろしくね」

「…気ィ付けてくださいよ」



色々と。

慌てて財布を鞄に詰め込みながら足早に去っていく背に、ありがとうございました、と適当に言葉を投げる。

来週のシフトはどうなっていたか。

予定を確認するくらいには、あの人のことを気に入っているようだ。

ここあの人が落ち込んだり泣いたりしたときに慰めるくらいはしてやろう。



この気持ちはまだ恋心未満。

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