白い翼


「あ!安室のにーちゃんだ!」

「ほんとに来てたんだー!」

「今までどこにいたんですか?」



平次に連絡を入れると、子どもたちが会いたがっているからこちらに来てほしいと言う。

シノブは降谷の怪我を想い、言葉を濁そうとするが、そこは降谷に言い包められてしまったのだ。



「…ねえ、本当に大丈夫なの?」

「心配性ですねぇ、シノブさんは」

「あのねぇ…十分解ってるでしょうけど、銃で…」

「ストップ、シノブさん。ここで服部くんたちに聞こえたら彼らが気にしてしまうでしょう」



顔をずいっと近づけて人差し指で口に封をされる。

目前15センチの距離で目だけで抗議する。

撃たれて平気なわけない。

先ほどこっそり風見に一報入れておいたので、1時間もせずにこちらに着くに違いない。



「で、子どもたちはジェットコースターに乗るんですよね」

「そうなの!結局一回も乗れてないから…」

「園子お姉さんのご厚意で、一回だけ乗せてもらえるんですよー!」

「すぐ乗れるらしいから、姉ちゃんも安室の兄ちゃんも早く行こうぜ!」



子どもたちが無邪気にシノブの袖口を引く。

さすがに降谷はジェットコースターに乗せるわけにはいかないので、さっと済ませて帰ろうと決め、歩美と手を繋いだ。



「高木くん、IDの回収は終わったのかね」

「ええ、ちゃんと報告通りの数が揃っています!」

「それならいいが…本当に、無事あの子たちにバレることなく解決してよかった」

「そうですよね…あの子達にはこれからもっと笑顔で元気に育っていってくれないと!」



目暮と高木が話しているのを背中で聞く。

蘭や園子たちが大人になって、少年探偵団たちが中学、高校と進学していく。

誰もが普通だと思う平和な国になって欲しい。

部署は違えど同じ警察官、同じ想いを持つ者同士、降谷は彼らに好感を持っていた。



「そうですね…しかし、それにはまずアレをどうにかしないといけなのでは?」

「!」



気配無く、それも背後から聞こえた声の方へ、間髪入れずに振り返る。

少し気が緩んでいたからといって自分の背後を取れるほどの人物など、数える程しかいない筈。

しかしそこにはすでに姿はなく、アトラクションの周囲は明るいとはいえ数メートル先は闇。

(しかし、あの声は…)




「ん?なにか変じゃないかね」

「そうですね…何をしているんでしょうか、ジェットコースターの騒ぎ方じゃないような…」



二人の会話に再びシノブたちに目を向けると、想像していた白い姿はそこにはなく、確かに何か揉めているように見える。



「一体何が…」



コースの頂点へ登り始めるコースター。

その後は急斜面を落下し、大きく弧を描いて終盤を走り抜ける。

彼女が動いたのはそのときだった。



「貴女はっ…また何を…!」



誰もが目を見張る中、降谷はアトラクション内部へと消えた。






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「小嶋くん!早くそれを取るのよ!」

「ええっなんでだよぉ…んな怖い顔して怒らなくてもいいじゃねぇか…」



灰原の剣幕に怯む元太は手首を触って言い淀む。

そこには回収された筈のフリーパスIDがしっかりと巻き付いていた。



「元太!お前高木刑事に渡さなかったのか!?」

「だってよぉ、園子ねーちゃんからID渡された高木刑事が、これで全部だっつーから、記念に貰っとこーと思ったんだけどよ」



そんなに駄目だったのか?と罰が悪そうに周囲をきょろきょろと見渡している様子に、コナンは内心舌を打った。

どうにかしてIDを元太から取り上げなければいけない。

コースターは減速し、急斜面をゆっくりと昇り始めた。

動くなら今しかない。



「!江戸川くん、駄目よ!レバーが連動している!貴方のレバーが上がれば、皆のものも全て上がってしまうわ!」

「何だと!?」



コナンが持ち上げたレバーが少し持ち上がったところで背後から灰原に制される。

後ろの方の席に座ってる蘭や平次たちにまでは声が届いていないようで、何があったのかとこちらに大きな声で尋ねているようだ。



「…そんなこともあろうかと、膝の上に鞄挟んどいてよかったわー」



思考を巡らすコナンのすぐ隣から間延びした声が聞こえた。



「…単に荷物預けんの忘れてただけじゃねーのかよ」

「あのねぇ、あんなところに無防備に置いておけるもんじゃないのよ」



ただでさえ今日は依頼だって言うから色々と持ってきてるのよ。

隣で立ち上がった彼女は悠々と文句を連ねる。

コナンの額から一筋の汗が流れた。

自席から見慣れた姉の姿を見上げ、口端を上げた。



「…頼んだぜ、シノブさん」

「了解、コナンくん」



コナンが無理に上げようとして開いた空間と、彼女が抜いた鞄の隙間を利用して抜け出した彼女は、そのままコナンの手にそれを下ろす。



「ほんとに大事なものも入ってるから、ちゃんと持っててね」



ウインク一つ、シノブが足を掛けた後ろのシートで驚く灰原の頭を撫で、元太に慎重にIDを外すように促した。

幸いシノブが座っていたのが元太の二つ前の席だったため、すぐに辿り着くことはできた。



「取れたのはいいけど!それをどうするつもり!このままだとこのコースターは敷地を出てしまって帰ることなく爆発するわ!」

「そうね…」



落ちないように元太と光彦の間に降り立ち、ID片手に闇夜を見つめるシノブに、灰原は思わずコナンを振り返る。

コナンも、表情事態は固いもののシノブの様子を窺がっている。



「私一人じゃどうにもできないわね」

「な…!」



協力者が必要ね



バチンッ



コースターが山へと昇り切り、これから頭を落とすというところ。

誰もが目を瞑りそうになったその瞬間、灰原とコナンだけは周囲が見えなくなる寸前、彼女の笑顔を見た。



「これは…アトラクションの電源が落ちたのか!」



ガクンと揺れて止まったコースターに、コナンが周囲を見渡す。

唯一の光であったアトラクションの光源が無くなったため、周囲は真っ暗だ。



「えっ、」

「え?」



驚きで静かになった機体で唯一、シノブの小さく驚いた声が耳に入った。

そのあとは風を切る音だけが聞こえる。

どうしたのかと口を開こうとした瞬間のことだった。



「なに!?」

「どうなってるの!?」



コースを少し外れた海上で、規模の小さい爆発が起きた。

コナンや灰原、服部たちには、それが何の爆発か瞬時に理解できた。

その爆発によって一瞬だけ姿を現した、白い怪盗の姿も。



「そうでした…私の一番の協力者は、貴方でした…」



呟くようにそう言って、シノブはコナンの元へ戻って来た。

預けていた鞄を手に取り、首から下げる。



「…細かいことはわからないけど、シノブさん、下に降りたら絶対安室さんの説教があるだろうね」

「…そうねぇ、今日は疲れたから遠慮したいところだけど」



頬杖をついて半眼で現実逃避をしている姉に、無茶をした罰だと言わんばかりに棘を刺す。



「では、今宵は私がお嬢さんを闇夜に隠してしまいましょうか」



音もなく目の前に降り立った怪盗がバサリとマントを翻すと、既にそこに人影は無かった。



「…大丈夫?シノブさん無茶すっから…」

「うーん、大丈夫と言えば大丈夫…それより、ありがとね」

「ああ…どうせ俺がまだ近くにいるの分かってたんだろ?シノブさんも人使い荒いよなーまったく」

「あはは、キッドだったらどういう状況かもわかってくれると思ってたよ」



シノブを姫抱きにし暗い夜空をゆっくりと浮遊する。

この人に勝てるとは思っていないが、良いように使われている気がして唇を尖らせた。



「でもよー、あそこで電源が落ちるんなら俺の出番もいらなかったんじゃねぇの?」

「…そこなんだよね」



今回シノブの計算違いはそこだった。

キッドの胸に頬をすり寄せながら自身の眉間の皺を押さえた。



「…大怪我してるのに何してるんだか」



ぽつりと呟いた声は、言葉よりも優しくキッドにも聞こえることなく消えていった。

着信が降谷と風見とコナンで埋まっていることに気づき、キッドと二人でうんざりするまであと5分。












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(とりあえず、お二人とも警察病院に直行です)

(いや、私は怪我してないから)

(いえ、念のため検査を受けて頂きます)

(そうですよシノブさん…色々と話があるんですから、とりあえずは一緒に行きましょう、ね?)

(…はい)



END
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