大切なもの
「高木くん、時間を、確認してくれんか」
「は、はい!!て、定時を…定時を過ぎています!」
わあ、と会場に配置された警官たちが湧き、歩美たちが不思議そうに首を傾げている。
時限式爆弾は解除された。
その事実に一つ、息を吐く。
相当酷い顔をしていたのか、こちらを見ていたらしい哀ちゃんに鼻で笑われてしまった。
「な、なんなん?なんかええことでもあったん?」
「さあ…?追いかけてた犯罪者が捕まったとかじゃない?」
状況が読めていない女子高生たちも、戸惑いながらも高木刑事や目暮警部を見ている表情は明るい。
本当に、よかった。
この子たちは何も知らないままでいい。
平ちゃんや新ちゃんと一緒にいることは多いけれど、この子たちを巻き込みたくないという強い気持ちをあの2人が持っているのなら、私は私なりにその意思を守りたい。
「シノブさん?どっか行くん?」
「うん、ちょっとお手洗いに行ってこようかな。歩美ちゃんたちをお願いね」
「はーい!了解でっす!」
園子の元気のいい返事を聞き、笑顔で席を後にする。
駄目だ、まだ駄目、もう少し…
駆けて行きそうになる足を震わせ、胸に手を置いて落ち着かせながら廊下へ出る。
無事だろうか。
途中美和子に呼び止められたような気がしたが、振り返らずに進んだ。
エレベーターが地上に着き扉が開くと、いよいよ自分でも止められない。
闇雲に走ることなどはしないが、足早に真っ直ぐとレッドキャッスルを目指す。
そう遠くない距離に、重そうな足音が聞こえる。
「工藤の姉ちゃん!」
あちらからも見えていたのだろう。
大きな声で呼ばれ、その場に立ち尽くす。
いない。
聞こえた声と確認した影に、堪らず駆け寄り、その腕を掴む。
「わっ、と…危ないやんけ!こっちは自分の弟担いどるんやでぇ!」
「…どこ」
「もうちょっと労ってくれてもええやんけ…なあくど…」
「安室さんは!どこ!」
こちらに向かってきていた人物ー平次と平次の小脇に抱えられているコナンーは、あまりの剣幕に口を結ぶ。
その様子は怒りに似ていると思ったが、後に本人に聞くところによると、極度の心労と必死さによるものではないかと少し照れたように告げられた。
それでも何とか無言で後方を指すとすぐ闇の中へ消えて行った。
「はー…、せめてお前の心配くらいして行ってもよかったのにのォ、工藤」
薄情な姉ちゃんやな〜とジト目で自分を見る平次に、コナンは苦笑する。
「いや、あれは完全にキャパ超えてっから、俺は目に入ってなかったんだろーよ」
とっくに見えなくなった姉を想うと溜息が出るが、いつまでもこうしていても仕方ない。
早く歩け、と言うように首を捻り、平次の顔を見上げた。
「工藤もはよ姉ちゃん離れせなアカンで〜」
「バーロー、それを言うなら俺じゃなくて姉さんだっつの」
見てろよ、きっとすぐ俺のことを思い出して血相変えて飛んで来るんだからな。
先ほど別れた姉の恋人を思い出し 、ケッ、と悪態を吐いて先を急かした。
------------------
--------
その人はレッドキャッスルの近くにあるベンチに腰掛けていた。
警察が人払いしたお陰で敷地内に人の姿は無く、その警察も今は遊園地の方へ掃けてしまっている。
「あむろ、さん」
そっと近づくと、閉じられていた瞼が開いた。
「ここには俺たちしかいませんよ」
「…降谷さん」
シノブが手を差し出すと、降谷はそこへ優しく自分手を重ねるが、決して体重を掛けずに軽やかに立ち上がった。
別れてから数時間しか経っていないのに、ずっと降谷のことを考えていたせいか触れている手も心許なく感じてしまう。
強く握り返した手は、まだ温まらない。
「…遅いですよ」
「すみません。少し休憩していました」
「どこか怪我をしているんですか」
確認しようと身を引くと、逆にそっと抱き締められてしまった。
2人のいる場所は、電灯光も届きにくい。
「心配させてしまいましたか」
「あ、当たり前でしょう!私のいないところで無茶するんだから!」
「うーん、それは職業柄…というかシノブさんに言われたくないです。少しは俺の気持ち、解って貰えたらいいんですけど」
狙撃されている観覧車で大立ち回りしたり、記憶がなく犯人に狙われているの1人で外出したりー…
咎めたつもりが逆に反撃を貰ったシノブは、まだまだ続きそうな小言に眉を寄せた。
「俺は仕事なんですから、危険なことはもとより承知。しかしシノブさんは女性で、俺の…」
目を閉じ過去のことを思い出しながら説教していた降谷は、近づく気配に口を閉ざす。
目の前にいるのはシノブ。
特に焦ることもなく瞳を開くが、そこに見えたのは彼女の長い睫毛。
彼女からキスされている。
そう気づくのには5秒かかったように思う。
もちろん自分から唇を離すなんてことはしたくない。
シノブが離れると降谷は少し残念そうに彼女を見つめた。
「シノブさ…」
「やっぱり、怪我、してる」
キスの後に離れた距離からは、よく確認できたのだろう。
正真正銘、あの女の跳ねた弾丸が掠った跡だ。
右脇腹に一発。
貫通しているし、出血の割には、まだ耐えられる傷だと判断している。
「どんなに危険でも、私も連れて行って欲しかった」
一瞬怒りで吊り上がったように見えた眉が下がり、瞳に薄い膜が張った。
そてはとても綺麗だと思ったが、同時に、流したく無いと思った。
「もう俺は、貴女がいないと生きていけないんです」
危険な目になど決して合わせず、大切に大切に守っていきたい。
貴女はとても強いけれど、貴女を俺に守らせてほしい。
自分の想いが彼女に伝わるように、もう一度、今度はこちらからそっと唇を寄せた。