待つ者



その頃シノブは阿笠と共にパーク内のレストランへ向かっていた。



「随分物々しい雰囲気ね」

「そりゃあそうじゃろう、何の罪もない子供たちが、こんな恐ろしい事件に巻き込まれて…」

「それはわかるけど、これは本当に生きるか死ぬかなんだから、こんなにも刑事は必要ないでしょうに」



生きられればいいけど、もし失敗して死ぬようなことがあれば、死に様なんて誰にも見られたくないと思うけど。

降谷や新一たちを信じていないわけじゃない。

けれど何が起こるかもわからないと思っている。

推理に関してはすでにCase closed,

ただし、犯人が逆上したり、仲間がいないとも限らない。

とにかく、全員無事でいてほしい。

眉間に皺を寄せたシノブの表情を、阿笠が心配そうに見つめていた。



「シノブ!」

「あら、やっぱり美和子もいたのね」



レストランの扉を開け、中に入ると正面の窓際のテーブルには蘭や子供たちが。

そこっへ声を掛ける前にすぐ隣から肩を捕まれる。



「…貴女も、IDを持ってるんだったわよね」

「ええ。このとおり、ね」



険しい表情の美和子に、IDを付けた左腕を上げて見せる。



「…そう」

「なに美和子、もしかして私が死ぬと思ってるの?」

「そんな!…そんなこと、ないけど」



いつの間にか肩から降りてきた手が、私の両手を取る。



「大丈夫よ。今、名探偵の小五郎おじ様や平ちゃんが謎を解きに向かってるの」



いつもどおりニコリと笑ってその手を握り返した。



「でも、シノブ、もし、もしもよ…いいえ、何もなかったとしても、私は予定時刻までこの場にいるわ」

「…馬鹿ね!何も起こらないんだから、高木くんに無駄に心配かけるんじゃないわよ!アンタは5分前には必ずこの建物から出るのよ」



佐藤の数メートル後方で此方を窺がう高木に視線を送る。

彼にしては珍しく私の言いたいことが伝わったのか大股で近づいてきて、美和子に声を掛けた。



「佐藤さん…シノブさんも困ってますし、子供たちに聞こえでもしたら…」

「っでも…」

「美和子、過去は過去よ。こんなチンケな爆弾で、私がアンタを置いていくはずないでしょう。しっかりしてよね。」



美和子の手を優しくほどき、高木に手渡す。

そのままシノブは蘭と園子が待つテーブルへ歩いて行った。

残る時間は20分。

降谷達は伊東の元へは辿り着いているだろう。



「シノブさん、何かあったんですか…?」

「…ああ、今日は蘭ちゃんたち、おじ様の依頼に付き添いで来てるんでしょう?今ちょうど小五郎のおじ様が依頼人と話をしているところだから、ここで待たされてるみたいね」



不安そうな表情の蘭を安心させるように微笑む。



「私も途中まで安室さんの依頼に付き合ってたのよ」

「ええっ、安室さんも来てたの!?それに服部くんもいるんでしょ?じゃあさすがに解けない謎はないわね」



三人寄らなくても、一人で文殊の知恵みたいなもんなんだから、と半眼で腕を組む園子。



「安室さんって誰なん?シノブさんの知り合い?」



一人、安室の存在を知らない和葉だけが頭上にクエスチョンマークを浮かべる。

それにズイッと身を乗り出して園子が勢いよく話し出す。



「安室さんってのはね、蘭のとこの事務所の一階にある喫茶店で働いてるイケメンのことよ!ちなみに、お姉さまのカ・レ・シ!」

「シノブさんのカレシやて!?い、いつの間にカレシなんかできたん?!ていうか何でその喫茶店で働いとるカレシに依頼が来るん?!」

「それは安室さんの本業は私立探偵で、加えて小五郎おじ様の弟子だからよ!」

「はああ〜!?なんなんそれ!」



得意げに話す園子に説明を任せ、シノブは窓の外に視線を向けた。

タイムリミットはあと15分。

港に停泊した船の灯りが綺麗に瞬いている。

手を合わせて祈ることもできず、そっと目を閉じた。

さっき別れたばかりの降谷の姿が脳裏に映る。

いつものように穏やかに微笑んでいる降谷。

大丈夫。本当は疲れているのに、私の前では余裕そうな表情で、また今日も愛車のドアを開けてくれる筈だ。

そう心を落ち着かせたとき、降谷の残像が、一瞬ブレたように歪んだ。



"シノブさん…"



「…どうかしました?シノブさん?」



穏やかに目を閉じていたように見えていたシノブがはっとしたように瞳を開けたのをみた蘭が声を掛ける。

同時にわいわいと恋の話に花を咲かせていた2人も、きょとりとして視線を向けた。



「…ううん、今、何か呼ばれた気がして…でも気のせいね」

「今日は朝も早かったし、疲れてるんじゃないですか?ほら、2人も興奮しないの!」

「はーい」

「ごめんなさい」



いいのよ、気にしないで…

そっと微笑んでそう返すのが精一杯だった。

時間が迫っているからだろうか。

急に重い気持ちが胸にのしかかり、静かに、ゆっくりと息を吐いた。


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