恋人は魔女A
あれから結局行き先が決まらず、気ままにドライブしようとシノブさんが笑うので、もちろん俺もそれに同意した。
運転席には俺、乗り込むのは愛車のRX-7だ。
「私、降谷さんの助手席に座るの好きなんだよね。」
「…俺でよければいつでも乗せて走りますよ」
シノブさんが嬉しそうに窓の外を眺める。
まだ馴染みの景色だろうに、俺といるからはしゃいでいるのかと思うと、運転中にも関わらずまた抱きしめたい衝動に駆られそうになる。
「ねえ、降谷さん」
「どうしました?」
「さっき、なにか見ました?」
先ほどとは違い、急に落ち着いた静かな声。
ちら、と彼女の方を見ると、窓に額をつけて外を眺めているため、表情は見えない。
「さっきというと…俺が寝落ちする前ですか?」
「ええ」
今日は三徹明けで愛車をぶっ飛ばしシノブさんの部屋に押し掛けた。
そしてリビングのドアを開け、その、ときに、
「シノブさんが…」
「うん」
「…いや、シノブさんの前でテーブルが浮いていた、ような、」
先ほど見た光景を脳内再生する。
でもやはりあれは見間違いじゃなかったのだろうか。
手品をするタイプでもないし、かといってあのサイズの、しかも結構重量のあるテーブルを軽く持ち上げるなんて…。
いや、そもそも彼女はテーブルに触れていなかった、と思う。
シノブさんは…シノブさんは、テーブルの前で手をかざしていただけだ。
「やっぱり見てしまったのね…」
「やっぱり…?どういう意味ですか」
シノブさんはふう、と溜息を一つ吐き、相変わらずこちらを見ないまま告げた。
「私、魔女なのよ」
*
「魔女…魔女?」
「そう、魔女。魔法を使う、箒で空を飛ぶアレよ。」
到着した砂浜で海風に髪を揺らしながら彼女は言った。
自分は魔法を使う…その、魔女なのだと。
「俺が見たのは…」
「たまたま私が魔法を使ってテーブルを浮かしていたところに、タイミングよく降谷さんが来たの。」
だからアポなしは止めてって言ってたのになぁ、と困ったように言う。
確かに前々から俺が来るときには必ず連絡をくれと言っていたが、それは俺のために食事を用意するためだとか、念入りに掃除するためだとか言っていた。
まさかそれが理由だったのか。
自分が魔女だと、魔法を使っているということがバレないように。
「…今までまったく気づかなかったですよ」
「そりゃそうよ!私が気づかせなかったの!魔法も使わなければ衰えていく…。たまにああやって使ってあげないと駄目なの。だから降谷さんが来ないときにこっそり練習していたのよ…。」
茫然と呟くと、彼女から怒り交じりの返答を頂く。
しかしこちらは初めて聞くことばかりなので、いつもより数倍飲み込みが悪い。
「もしかして、俺をリビングからベッドへ運んだのも…」
「ええ。私が浮かして運んだわ。」
利き手の人差し指を立てて言う彼女に、さきほどの不可思議な状況全てに合点がいき、思わずこっくりと頷いた。
「なるほど」
「…順応性が高いですね」
理解した、と示すと呆れたような表情を返される。
「シノブさんは俺に隠したかったんですか?その割には、さきほどは機嫌は良かったような気がしましたが…」
気になる部分は全て聞いてしまおう。
そう開き直り尋ねたのだが、以外にも彼女は言葉に詰まる。
「…いずれ話すときがくるのだとは思ってたわ。」
「そうですか」
「…今朝の機嫌が良かったのは、単純に降谷さんに会えて嬉しかったからよ!」
半ば勢いで叫ぶように言われたが、そんなことを言われてこの場で黙って立っている俺じゃない。
大股で彼女に近づいて行き、ぎゅっと抱きしめた。
「シノブさん…俺も会いたかったです。」
「…うん」
腕の中で大人しくしているシノブさんの顎を持ち上げ、優しく唇を重ねる。
途中で薄く目を開け、彼女を盗み見ると、頬がうっすらと桃色に色付き、とても可愛い。
いい加減に唇を離すと、彼女がうっとりとこちらを見つめた。
「シノブさん…」
「降谷さん…」
「私と結婚してください」