「華紀真白」
「はい」
「きっちりヴァリアーの内情は探れただろうな?」
「勿論です」
「そうか。ならば、お前に命を下す」
「新たな命、ですか」
「そうだ。何があっても、この任務、やり抜けるな?」
「ボスの仰せのままに」
「その覚悟、受け取ったぞ」
「命を」
「ボンゴレファミリー独立暗殺部隊ヴァリアーボス・XANXUSを――……殺せ」
「……はい」私がヴァリアーに入隊したのは、今からちょうど八年前。まさか、たかだか17歳でこんな大きな任務を任されるだなんて、思ってもいなかった。任された当初は緊張しまくりでミスをしたらどうしようといつも思っていたけれど、その意識はしだいに薄れていった。任務に慣れてきたからだ。
「もう寝ろ、真白」
「報告書がまだ、」
「明日でいい。寝ろ」
「はい」
ザンザスの隣に行く。ザンザスと恋人という関係になってからはずっとザンザスの隣で眠っている。
私の任務はヴァリアーの内情を探ること。そして、新たな命は、今隣にいるザンザスを――殺す、こと。
気づいたときには私は既にザンザスが好きで、取り返しのつかないところまで来てしまっていた。一番恐れていたことが私の身におこってしまったのだ。誰も好きにならない覚悟で来たのに、ザンザスを、好きになってしまった。
「おやすみなさい、ザンザス」
「あぁ」
目を閉じて眠るふりをする。私はザンザスの腕の中。今まで一緒にいて、ザンザスは普段十分もあれば寝てしまうことがわかっている。だけど用心して、私は一時間程待った。確実にザンザスが眠っていることを確認すると、私は布団を出た。部屋も出る。私が夜中に起きることはよくあることで怪しまれることはないだろう。少しの間バルコニィで星を見てから部屋に戻った。
やらなければならない。殺さなければならない。自分に何度も言い聞かせた。
「……っ、」
執務机に忍ばせていた小刀を手にとってベッドへ戻る。ザンザスは寝ている。その間にと思ったのだけれど……手が、震える。震えて震えて止まらない。涙まで出てきた。
やっぱり私は、ザンザスが好きなんだ。好きで大好きで愛していて。私にザンザスを殺すなど、出来やしない。
「だけど、殺さなければ、ならない……っ」
ぐっと手に力を入れて柄を握った。それでもなお、手が――体が震える。
例えこの身が滅びようと、私はザンザスを殺さなければならない。ボスはみなしごだった私を拾ってここまで育ててくれた恩人だ。ファミリーにとって敵に値するものは全て排除しなければならない。ボンゴレもその一つ。でも私は、ザンザスが、好き。好きで好きすぎて狂ってしまいそうな程大好き。
「やっぱり、敵だったんだな、真白」
「ざ、ん、ざす……」
かしゃんと床に小刀が私の手から抜け出したのは、ザンザスに抱きしめられたから。ずっと寝ているものと思っていたのに、いつから起きていたのだろうか。
温かい……私はこの人を殺すなんて、やっぱり出来ない。
「初めからわかっていた、真白が敵だと言うことは」
「っ!ならば、どうして!すぐに私を、殺して下さらなかったのですか!」
「真白を好きになっちまったからだ」
「出会ったときは、互いに恋愛感情など、抱いていませんでした!」
私もザンザスも、初めて顔を合わせたときにはただの上司と部下の関係だった。私はいずれ殺すであろう対象としか見ていなかった。ザンザスだってきっと、私をただの部下だとしか思っていなかっただろう。
恋愛感情など話すようになってから抱いたもの。
「俺は、違う」
「違う?何を、」
「九年前にイタリアで、戦っている真白を見た」
「……!」
九年前といえばちょうど、私が反乱を起こした頃だ。日頃のストレスが溜まりに溜まって爆発して屋敷を目茶苦茶にしてしまった。それはボスによって鎮静されて私は半年の謹慎を命じられた。謹慎が解けたのち、必死で色んな任務を遂行しファミリーのみんなからの信頼を取り戻した。
「その時から俺は、真白が欲しかった」
「ザン、ザス……」
「だから例え任務だとしても、ヴァリアーに真白が来たときは嬉しくて堪らなかった」
「っ、」
泣いた。夜中にも関わらず声を上げて泣いた。ザンザスの腕の中はいつもと一ミリも変わらない温もりで、それが余計に私の涙を誘っていた。
そんな中、突然ザンザスが私を離して待っていろと言い残して部屋を出ていった。だけどすぐに戻ってきた。
「俺を殺せずに戻ったら、真白はどうなる?」
「良くてファミリーを追放、最悪の場合は処刑、されます」
「そうか。……此処で、俺と死ぬ覚悟は、あるか?」
「あります。ザンザスと共に死ねるなら、本望です」
またぎゅっと強い抱擁。視界の左端に写ったザンザスの左手からはコオォォとオレンジの淡い光。
私とザンザスは、そのオレンジに包まれて静かに死んだ。
来世では共に生きよう。
戦いのない平和な場所で。(私、敵としてだったけれど、ザンザスと過ごせて幸せだった)
(俺もだ)
(次は味方同士がいいな)
(いや、敵も味方もねぇ方が俺はいい)
(どうして?)
(真白が傷つかなくて済む)
敵だというのに、貴方はとっても優しかったわ。
本当に、愛していたのよ。
(2011.03.31)