「なあ澄、ちょっと行きたいところあるんだけど」
「行きたいところ?」
「ダメ?」
「いいけど……場所は?」
「なーいしょ」
……そんな会話をしたのが昨日。次の日である今日、一也に目的地も教えてもらえず連れ出され、たどり着いた先は、絶叫系ナンバーワンと言われているテーマパークだった。それも日帰りでは行けないからと、いつの間にかホテルまで予約してある徹底っぷり。まあ、それはいい、それくらい構わないよ。だけど……。
「ね、ねえ、本当に入るの……?」
「ここまで来て帰るとかナシだろ」
「ええ……帰る……」
「だーめ」
私たちが並んでいるのは、最恐と名高い、所要時間約60分とかいう馬鹿みたいなお化け屋敷だ。しかも、追加料金を支払わなければならないなんて馬鹿でしかない。まあ、その追加料金も全て一也が支払ったのだけれど。私はゴネてゴネてゴネまくって、帰るの一点張りをするも虚しく、ニコニコする一也に引きずられるようにして建物の中へと入っていった。
「大丈夫か?澄」
「だっ、だいじょ、ぶな、わけ、」
結果、余りの恐怖に可愛さの欠片もない大絶叫を繰り返しさらに大号泣。何とか1時間かけてゴールしたものの涙は止まらず、人目も憚らずベンチで泣きじゃくっている、というわけだ。一也は少し申し訳なさそうに眉を下げて背中をさすってくれているけれど、そんな顔をするなら最初から入らなければよかったんだと心の中で悪態づく。
「かず、やの、っく、せいな、んっだから……っ!」
「ごめんって」
「ゆっ、る、さない、」
「ごめんごめん」
面白がっているように見える一也を泣きながら睨む。だけど一也はそれさえも楽しんでいるのか、謝ってはいるものの真剣さは感じないし、下がっていた眉は口角と共に上がっている。その後もしばらく私は泣き続け、ようやく涙が止まった頃にはお化け屋敷から出てきて10分は経とうとしていた。
「っ、はーーーっ」
「落ち着いた?」
「……おかげさまで。一也、楽しんでたでしょう?」
「だって、澄が可愛いから」
相変わらず、悪びれる様子もなくニヤニヤと一也は言う。それでも頭を撫でてくれるその手つきは優しくて、自然と私も頬が緩む。先程までの恐怖はどこへやら……一也のペースにすっかり呑まれていた。
それからは順当にジェットコースターなどの絶叫系アトラクションを乗り回し、時々休憩がてらパーク内で写真を撮ったりフードコートで軽食を取ったり、何だかんだで楽しんでいた。中でも日が落ちてからの、パーク内で目玉の王道ジェットコースターは控えめに言って最高だった。夜景が綺麗すぎる。そうして1日目を終えた。
次の日。何故か私は、一也と共にまた同じパーク内にいた。朝はゆっくりお昼前にホテルをチェックアウトし、荷物を預けて一先ずパーク内で早めの昼食を取ってからお土産屋さんを見て回ることになった。置いてある商品に対してあーだこーだ言いながらも目星をつけ、いくつかアトラクションにも乗った。そうこうして夕方になると、またしてもお化け屋敷の待機列に並んでいた。
「嘘でしょ……」
「昨日写真買うの忘れてたんだよなー」
白々しく言う一也を睨みつける。結局、昨日同様抵抗は虚しく、引きずられて中へ入り、大号泣して出てきたのであった。良いのか悪いのか、昨日よりは早く泣きやめた気がする。私が落ち着いたところを見計らって、一也は写真を買いに行ってしまって、そのショップにだけは入る気になれず私は一人ベンチに座っていた。
「あ……そうだ、」
ふとあの日のことを思い出して、私はスマホを取り出す。大切な大切な仲間であり、友人である二人にメッセージを送ろうと思い立ってメッセージアプリを起動させた。昨日今日の写真といくつか思い出を書き連ねて、手早く送信した。まだ、一也に知られるわけにはいかない。だけどそんなに焦る必要はなかったみたいで、メッセージを送信してからもしばらく一也は戻っては来なかった。
「悪い、お待たせ」
「ううん、大丈夫」
「見る?写真」
「……遠慮しとく」
一也は問答無用で買ったばかりの写真を見せてくる。そこには気持ち悪いくらいの満面の笑みを浮かべた一也と、対照的に笑顔になりきれていない引き攣った表情の私が写っていた。
「……一也が持って帰ってね」
「澄、いらねーの?」
いらない、と言いかけて、口を噤む。少し考えたあと、
「もっと別の、楽しそうな写真が欲しいなあ」
と、一也の服をきゅっと小さく掴んで、上目遣いで言ってみる。もちろん、わざとだ。まあこんなのに一也が引っかかるとは思えないけれど、ホラーの酷い顔の写真はさすがに飾りたくない。
「じゃあ、あれ行く?」
予想通り、一也は引っかかりこそしなかった。だけど別の写真がいいというのは本音だったから、それだけを綺麗に摘み取ってくれたようだった。
「どれ?」
「ほら、あそこの、ミッション攻略型アトラクション」
「写真撮れるの?」
私が訊くと、一也はスマホを取り出して私にパークのホームページを見せてくれる。どのタイミングで撮られるかはわからないけれど写真は購入できるようだ。アトラクションの説明も見てみると、ホラーというわけではなさそうだったから、さっそく行ってみることにした。
「めちゃくちゃ難しかった……一也凄すぎでしょ……」
「澄の言葉がヒントになったりもしたんだぜ」
「え、そうなの?」
「おー。3つ目のステージとか特にな」
ぽんぽんと頭を撫でられ、少し誇らしくなる。アトラクションの名前通りミッションは本当に難しく、クリアしたステージのほとんどは制限時間ギリギリまで使ってしまった。それでも全ステージクリアとはいかず、途中でゲームオーバー。だけど楽しくて、あのステージはどうだったこうだったと一也とあれこれ話しながら写真を購入。名残惜しさを感じつつお土産も予定通り手に入れて、別荘までのバスが無くなる前にと早めに帰宅した。
(2018.10.23)
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