翌日曜日も青道高校野球部のメンバーと海の家で働き、長かったようで短かった2日間が終わった。一也と二人きりの穏やかな日々に戻る。ふと窓の外を見遣るともうそろそろ日が沈む頃で、私は一也を誘ってプライベートビーチへと出た。
「ねえ一也、お願いがあるんだけど」
「お願い?」
「そう!夕日をバックに、ダンスの撮影をして欲しくて」
「ダンスの撮影……?」
大学でダンスサークルに入っているから、その練習の一環だと伝える。この時期の夕日はキレイだし、宵闇が迫る頃の赤と青のグラデーションも最高。一度くらいは撮影してみたかったのだ。一也は快く引き受けてくれて、撮影の準備をしたあと二人で体を動かしてアップをした。流石元運動部なだけあって、一也は本当にしなやかに運動をしていた。
「指でカウントして、撮影を始めてから曲を流せばいいんだよな?」
「うん、それでお願いします」
空が紅く染まってきた頃、撮影を始めた。一也のカウントのあと曲が流れ、踊り出す。もちろんダンスと一緒に歌い、それはたぶん一也にも届いているだろうし、記録もされている。何となく、いつかこんな風に一也の前で歌って踊ることもあるのかな、なんてあり得そうもない想像が思考を掠めた。
3曲終わると撮影を止めてもらって、映像を確認する。
「うん、いい感じに撮れてるね。ありがとう」
「すげー上手かった」
「本当?良かったー」
あとで彼女に送ろう、と考えて携帯をしまう。夕日は半分くらい海に隠れてしまっていて、東の空はもう暗い。一也と過ごせるのは残り一ヶ月なんだなとぼんやり思っていると、不意に一也に手を取られる。夕日を見ていた視線を一也の方に向けると、少し苦いような、眉を寄せて私を見下ろす一也がいた。
「あの、さ、澄」
「ん?」
「俺、ずっと言えてなかったんだけど」
そこで言葉を切った一也は俯き、沈黙。手をぎゅっと握り返して続きを待っていると、小さく謝ったのち、少し歩こう、と一也らしくもないか細い声で告げて私の前を歩き出した。ぱしゃん、ぱしゃん、響く水音。振り返ることなく黙って進む一也の背中を追いかける。プライベートビーチの端の岩陰で一也は立ち止まり、数秒岩を見つめてから私に向き直った。
「澄」
「はい」
「俺、澄のことが好きだ」
「一也……」
「本当に、伝えられてなくて悪ぃ」
苦そうにしていたのはそういうことか、と、心の中にストンと答えがはまる。
「ありがとう、一也。でも気にしないで、私が勝手に告白して、勝手に誘っただけなんだから」
「だけど……」
「伝えてくれたんだもの。充分すぎるよ」
少し背伸びをして一也の首に抱きつく。何だかとても一也のことが愛おしくて、愛おしくて仕方がない。私のことで少しでも悩んでいてくれたというその事実が嬉しかった。ゆるゆると一也の腕が私の背中に回り、肩には頭が乗せられる。
「緊張してたの?」
「そりゃあ、まあ……」
「一也でも緊張することなんてあるんだね」
「澄……っ!」
からかうように言えば、一也はいつもの調子に戻って私の両頬を片手でぐっとつまむ。いひゃい、と言葉になりきらない声を出して解放してもらうと、お互い笑い出した。
「改めて、あと一ヶ月よろしくお願いします」
「……あと一ヶ月、か」
「ん?」
「いや、何でもない。こちらこそよろしく」
一也が呟いた言葉は小さくて聞き取れなかったけれど、ニヤケ顔に隠されて詮索する気にはならなかった。だけどその表情がやけに腹立たしくて、崩してやりたくて、私からキスをする。一瞬驚いた顔をした一也は、すぐに余裕たっぷりの笑みを浮かべてゆっくりと近づいてくる。敵わない、そう思った時には既に唇は重なっていた。
(2018.10.22)
-7-