次の日、空は快晴、夏の青空と呼ぶに相応しくとてもキレイだった。朝はいつもより遅めに起きて、軽く朝食。その後海に遊びに行って、お昼にはご飯を食べに戻って、食後は休憩がてらリビングでのんびりしていた。


「一也、どうしたの?」

「え?何が?」

「何となく、悩んでるような、考え事をしてるような、そんな気がして」

「ああ、まぁな、これなんだけど」


そう言って一也はスマホの画面を私に向けた。そこには青道高校の元野球部で作られたグループトークが表示されていて、スマホを拝借して少し遡ってトークを読んでみた。要約すると、今週末――つまり明日と明後日に海の家でアルバイトをしないか、ということだった。


「この海の家、たぶんすぐそこだよ。行ってきたらいいんじゃない?」

「すぐそこって、」

「隣のビーチ。徒歩15分くらいかな」


スマホを返すと、返事を打つのかと思いきやまだ何か悩んでいるようだった。


「澄は?」

「えっ?私?」

「一緒に行かねぇ?」

「私が?野球部メンバーに混ざるの?」


純粋にそれはいいのかと思い、尋ねる。けれど一也はあっけらかんとして大丈夫だと言い張った。しかも私の返事も待たず、グループトークには彼女も一緒に行く、と送っていて、仕方ないと腹を括った。


迎えた土曜日。水着の上にオーバーサイズの半袖パーカを羽織り、真夏の日差しに焼かれながらビーチの砂浜を歩いていく。
待ち合わせ場所は開店前の海の家の前で、一際大きな建物と男の集団が目立っていて、そこがすぐに目的の場所だとわかった。軽く挨拶を済ませると、一也は元野球部メンバーに囲まれて彼女がどうとかこうとかいじられているようだった。完全に置いてきぼりの私だったけれど、少しして開店の準備が始まるようで、隣にはまた一也が立っていた。
それからしばらく。私は基本的に接客をしていて、一也は料理が出来るからと厨房に入っていた。ただイチから作るというわけではなく、主に盛り付けや食材の解凍などの補助という感じだったそうだ。


「あの……聞いてもいいですか?」

「ん?」

「間違ってたらすみません。Triangle Saisonの真夏さん、ですか……?」


お昼を過ぎてから交代で休憩を取っている時だった。確か東条くんと言ったかな。栗色の髪の子に突然そう尋ねられ、私は一瞬固まってしまった。どうして……と思ったけれど、尋ね方からするとあまり自信はない、といった感じだ。誤魔化せば何とかなるのではと考えて、私は精一杯、その質問が不思議でならない、といったような表情を作ってみせた。


「……?」

「ち、違いますよね……そうですよね」

「よくわからないけど、違うと思うよ?」

「突然すみません。夏川さん、真夏にすごく似てて。まさかとは思ったんですけどね、はは」


至極残念そうにする彼に内心謝って、興味本位でいくつか私からも質問をしてみた。東条くんはTriangle Saisonというアイドルの大ファンらしく、特に真夏という子を推しているんだとか。関西圏でしか活動していないアイドルだからあまりライブには行けないけど、と少し悲しそうに視線を落としていた。女性ファンが1人でライブに行くことも多いから、機会があれば是非見に行って欲しいと言われ、私は頷いた。
そうして東条くんの話を聞いているうちに休憩は終わり、また喧騒の中あちらこちらへオーダーを取りに行き、食事を運び、空いた食器を片付けていた。


夕方。お客さんも疎らになってきたところで、私たちは上がることになった。まだ時間が早いし陽もあるからと、野球部メンバーは遊んで帰るぞと意気込んでいる。そんな中、一也だけは違った。


「わり、俺と澄は先帰るわ」

「えっ」

「おい御幸!」


私も遊ぶ気満々で海を眺めていたら、先輩たちにお先ですと一言告げた一也に手を引かれて今朝来た道を歩く。後ろからは倉持くんを筆頭に、野球部の面々が口々に一也に対して帰るなよとか見せつけやがってとか、文句を言っている。一也はそんなことはお構い無しに片手を上げてヒラヒラさせるだけで、振り返りもしなかった。


「一也?いいの?」

「いいよ、別に」


私を見ることもしない。そうして黙ったまま別荘まで戻ってくると、玄関に入るなりぎゅう、と抱きしめられた。


「ど、どうしたの?」

「澄さぁ……男に絡まれすぎ、しかも丁寧に対応しすぎ、俺のこと見なさすぎ」

「一也、本当に何が……」

「あと東条と何話してたんだよ」


不機嫌なことが滲み出ている声色で届く。一度ちゃんと一也の顔を見るために離れようと試みるけれど、そうして私が動く度に一也は腕の力を強める。これではいずれ窒息死してしまう、と僅かな危機感を覚えて大人しく一也の背中に手を回す。


「か、一也、もしかして、」

「あー、言うな、頼むから」

「嫉妬してるの?」

「……」


突然黙り込んだ一也に、それは確信へと変わった。何だかそれが妙にくすぐったくって、小さく笑うと一也は盛大にため息をついた。


「話しかけられるのはどうしようもないけど、丁寧に対応してたのは一也の顔に泥を塗らないようにって思ってだよ。東条くんとは、東条くんの好きなアイドルが私に似てるって言われて、そのアイドルの話を聞いてただけ」

「……澄、」

「それに、私だって、一也はこんなにも沢山の人に慕われてるんだなって思うと、少し寂しかった。高校時代の一也のことなんて、ほとんど知らないから……」

「……はぁぁぁああ」


もう一度、それもさっきより大きなため息が零れる。一也はそれでも言葉を紡がず、少ししてからようやく私を離してくれた。だけど顔はどこか明後日の方を向いたままで。覗き込んでも覗き込んでも逸らされ、挙句見るなと言わんばかりに片手で両目を覆われた。


「ほんっっと、澄さぁ……」

「ハイ」

「可愛い」

「……えっ」


予想外なことを言われ、素っ頓狂な声が出てしまう。ふと視界に光が戻ってきたかと思うと、一也は目隠しをしていたその手で私の頭をゆっくりと撫でた。見上げると、優しく目を細める一也。色々と嬉しさが込み上げてきて至近距離なのにできるだけ勢いをつけて一也の胸に飛び込んだ。一也は驚きながらもよろけることなく私を軽々と受け止めて、どうしたんだよ、なんて声をかけてくれる。そうしてしばらくの間、幸せな時間を過ごしていた。




(2018.10.21)


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