テレビをつけるとニュースでは、どこも台風15号に関する注意喚起ばかりが流れていた。それも当然のこと、今年で一番大きく、勢力の強い台風だと言われているからだ。この辺りは今日の夜から明日の明け方にかけて通り過ぎるらしい。だけど強風域も大きいから、昼間でも突風や竜巻に注意が必要だと、気象予報士は告げた。


「台風か……」

「夜でよかったよね」

「そうだな」

「あ、ねえ、今のうちに少し買い出しに行っておかない?」


足りないものあったっけ?と訊かれ、いくつか挙げていくうちに結構な量になってしまった。忘れないようにメモを取ると、雨風が強くならないうちに急いで出かけた。基本的には週に一度、実家から足りないものや食材を送ってもらうように両親にお願いしてきたのだけれど、傷みやすい食材は自分たちで調達することにしたのだ。その方が新鮮なものを食べられるし。
ショッピングモールで手分けして必要なものを揃えて帰ってくると、そのすぐあとに一層雨風は強まった。


「すごい雨……真っ白……」

「風も酷いな」

「これに当たらなくてよかったね」

「ああ、ギリギリセーフ」


他愛のない会話をしながら、買ってきたものを片付けていく。時々雷も鳴っていて、今夜は相当荒れそうだなと、ニュースで見たことも相まって考えていた。だけど夕飯を食べる頃にはすっかり雨は止んでいて風も弱まっていた。そのせいで、完全に油断していた。


「どうしよう……眠れない……」


私たちの朝はいつも早いからと、23時になるかならないかくらいで一也とおやすみを言い合って各々の寝室へ行き、ベッドに入ったのはいいんだけれど。気持ちよく微睡んでいると、突然家全体を叩くような激しい音に目が覚めた。何が起こっているのかとよく聞いてみると、強い雨と風の音だった。ベッドから出てカーテンを開けると、うっすらと夕方よりも酷そうな外の様子が窺えた。それからしばらく、布団を頭から被って眠ろうとしたのだけれど、何だか無性に怖くなって寝付けないのだ。


「……一也、まだ起きてるかな……いやでも迷惑かな……」


一人で悶々と考える。だけど激しく家を揺らす音に耐えきれず、そっと一也の部屋の扉をノックした。


「か、一也……起きてる……?」


恐る恐る声をかけてみる。数秒待って、もう寝たよねと思って諦めて引き返そうと足を引くと、ガチャリと扉が開いた。その向こうにはメガネをずらして片目を擦る一也。一瞬にして、起こしてしまったんだと申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


「澄……?どうした?」

「あ……えっと、その、眠れなくって……」

「もしかして、台風の音?」

「……うん」


でも一也の顔を見たら安心した、と声に出そうとした時だった。眠そうに、だけどふっと柔らかに一也は笑うと、私の手を引いて部屋の中に入れ、扉を閉めたのだ。


「一也……?」

「一緒に寝よう」

「で、でも、」

「怖いんだろ?それに、この間和室で一緒に寝たじゃん、この距離で」


この距離で、の部分を強調して言って、一也は私を腕の中に閉じ込めた。私の服と同じ柔軟剤の匂いの中に混じる一也の匂いと暑いくらいの体温に、心がきゅうと締め付けられる。


「な?」

「……うん」


一也の温もりを感じると、不思議と恐怖は消えていた。そっと背中に腕を回して縋るように一也の胸板に頬を寄せると、一也は私の髪を撫でてくれる。それがあまりにも心地よくて、ついウトウトしてしまった。少しして弾かれたように顔を上げると、笑いを堪える一也が目に入る。


「眠くなってきた?」

「うん……ベッド行こう」

「それ、何かえっちな響き」

「……っ!そっ、それは、一也がそう思ってるからでしょう……!」

「ははっ、そうかもな」


そう言う声が聞こえた途端、一也と距離ができたかと思えば、ふわりと宙に浮かぶ感覚がした。お姫様抱っこをされている、と気づいて一也を見ると、その端正な顔が近づいてきてちゅ、とリップ音を立てて口づけられる。離れてから見えた一也の表情が、同い年とは思えないくらいに妖艶で、思わず首に抱きついて私からキスをした。


「積極的だな、澄ちゃん?」

「だって一也が……」

「俺が?」

「一也が、色っぽかったから……」


私がそう告げれば、一也は一瞬驚いたような顔をしてから、ふいと明後日の方を向いてしまった。私は私で、横抱きにされていることもあって耳まで熱い。
一也?と名前を呼んで問いかけてみるけれど、反応はなし。かと思えばゆっくり歩き出して、そっとベッドに下ろされる。一也はそのまま私に覆いかぶさるようにして見下ろしてきて、目が合った瞬間下腹部から小さく電流が体を走り抜けるような感覚がした。


「つまり澄は、えっちな気分になった、ってことでいい?」


普段話す時よりもスローペースに放たれるその言葉は、やけに官能的だった。思わずゴクリと生唾を飲み込んで、何か言わなきゃと開いた口からは何の音も出てこない。それをキスをねだっていると思ったのか否か、顔の横に肘までベッドにつけた一也の唇が下りてくる。初めは啄むように繰り返し、徐々に深く、深くなっていく。舌で唇を舐められ、呼吸の合間に口内に割って入ってきて私の舌を絡め取られる。ねっとりと唾液が混ざりあって、時折私が発しているとは思えない甘ったるい声が漏れた。


「っ……は、」

「澄」

「か、ずや……」


私が名前を呼ぶと、一也は眉を下げて悲しげに笑って、隣にごろんと寝転んだ。つられてそっちを見ると一也はメガネを外してベッドサイドのテーブルに置いていた。


「そんな顔されると、抑えきれなくなる」

「……っ」

「いいの?」

「いい、よ、一也なら」


真っ直ぐ目を見て伝える。だけど一也はそれ以上のことは何もせず、また今度な、と私の頭を優しく撫でて、ぎゅっと抱きしめるだけだった。


「もう寝れるよな?」

「うん、ありがとう」

「ん、おやすみ」

「おやすみなさい」


本当はすごく恥ずかしかったけれど、一也に腕枕をしてもらって、一也の体に顔を埋めて眠ることにした。まだ外は大荒れで、雨も風もちっとも収まる気配なんてなかったけれど、一也がいる、というそれだけで私はすんなりと夢の世界へと誘われていった。一也も同じように、すぐに眠ってしまったようだった。




(2018.10.20)


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