夜が明けるか明けないかの瀬戸際、まだ空は濃紺に染まっていて、それでも東の空はうっすらと光が差しているような、そんな時刻。私はひとり部屋を出て、一也がいる部屋から一番遠い部屋へと足を運ぶ。そこは初日に一也が私を呼んだ部屋。プライベートビーチへ続く道。


「……ふぅ、こんなものかな」


約一時間が経つと、キリのいいところで動きを止める。一呼吸おいてからポケットの中の、スマートフォン遠隔操作用のリモコンのスイッチを押した。部屋の端に設置した三脚を片付けて、スマートフォンに録画された先程の動画を確認し、トークアプリで彼女へそれを送る。その片手間に部屋のエアコンを切り、お風呂へ入ろうと扉を抜けた。自室の手前で画面を見るときちんと送信できていたから、トークアプリを閉じてベッドへと放り投げた。
さっとシャワーだけ浴びてリビングへ出ると、ソファに座ってうとうとしている一也がいた。


「一也?」

「……っ、澄、」

「おはよう、早いね」

「ああ……おはよ、高校の時からの癖なんだよ」


野球部朝練あったもんね、と応えながらキッチンへ行き、ひとつのコップにはスポーツドリンクを入れ、もうひとつのコップには水を入れた。一也の隣に座って、水のコップを手渡す。一也はさんきゅ、と短くお礼の言葉を告げると、ゆっくりとそれを飲み干した。私も同じようにして飲む。


「澄こそ、はえーな」

「うん、朝が一番涼しいからね」


空になったコップをローテーブルに置くと、一也はぽすんと私の太ももに倒れてきた。


「かっ、一也、」

「わりー、もうひと眠り、させて……」


そう言うやいなや、一也はすぅ、と寝息を立てて眠ってしまった。私はどうすることもできず、辛うじて手を伸ばしてエアコンのリモコンを掴んで冷房を入れた。エアコンは静かに稼働し始め、涼しい風が舞い降りてくる。しばらくは一也の寝顔を眺めていたのだけれど、次第に私も眠くなってきて、髪を乾かしていないことも忘れて意識を手放した。


「澄」

「ん……」

「澄ちゃん」

「んん……?」


名前を呼ばれた気がして薄らと目を開けると、一也の端正な顔がすぐそこにあった。驚いてがばっと体を起こすと、それに続いて一也も起き上がり、ぐっと伸びをした。その一連の動作を見届けると振り返った一也と視線が絡み、反射的に顔を逸らして時計を見遣った。……まだ、8時。


「おはよ、澄」

「……おはよう」

「こっち見ねえの?」

「……っ」


両の頬を包まれ、顔を覗かれる。メガネをかけていない一也が視界いっぱいに広がって、目線だけ彷徨わせる。だけどどこもかしこも一也しかなくって、結局一也の瞳に吸い込まれるように目を合わせた。


「おはようのキス、してもいい?」

「そ、そん……っ、んぅ……っ」


意地の悪い笑みじゃなく、純粋にきれいに一也は笑って言って、私の返事を聞く前に口づけた。触れるだけが、ずっと続く。次第に何だかもどかしくなってきて、だけどどうすることもできずに、履いているズボンをぎゅっと握りしめた。


「そんな顔してっと、今に襲われるぞー?」

「っ……は、どんな、」

「物欲しそうな顔だよ」

「〜〜っ、してないから!」


ようやく唇が離れたかと思うと、さっきとは打って変わってニヤニヤしている一也。否定はしたものの、少しだけ物足りないと思ってしまった自分がいる。これ以上何を求めるというのだろう。悶々と考えていると、ふわりと全身が温もりに包まれる。一也に抱きしめられていると気づいたのは、そのあとすぐ一也が力を込めたからだった。


「俺、今スゲー幸せだわ」

「一也、」

「澄は?幸せ?」

「……うん、幸せだよ、一也」


広くて逞しいその背中に腕を伸ばす。私とは全然違う体。男の人なんだな、と改めて性別を感じたのは私だけじゃないらしく、一也がぼそっと、柔らかい、と呟いたのを聞き逃さなかった。




(2018.10.17)


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