「……っ!ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げて、お礼の言葉を告げる。条件は忘れないでと念を押され、力強く頷いた。
「後悔しないようにね」
「はい!本当に、ありがとうございます」
くしゃりと髪を撫でられて、見上げた先にある穏やかな笑顔に自然とこちらも頬が緩む。もう一度丁寧にお辞儀をしてから、私は帰宅した。
不安と高揚の入り交じった複雑な気持ちで、高校のクラスのグループトークを開く。メンバーの一覧から彼の名前を見つけ、震える指で友達に追加をした。グループトークを閉じ、彼個人のトーク画面に移動して、考えていた文章を打ち込んだ。
お久しぶりです。高校で同じクラスだった夏川澄です。覚えていますか?
直接会ってお話ししたいことがあります。私はいつでも大丈夫なので、都合のつく日があれば教えてください。お願いします。
よそよそしすぎるかなとも思ったけれど、何だかタメ口で話すのは憚られて敬語にした。返事は予想よりもすぐに来て、今度の日曜日に会うことになった。私は夏休み帰省できない代わりにと、土曜日の朝早くの新幹線で東京の実家へと向かった。
――日曜日。改札前の柱に凭れて立っていると、私を見つけた彼が小走りで駆け寄ってきた。心臓の音がやけに響いて聞こえて、少し目眩がした。2年ぶりに見る彼はやっぱりあの頃よりも大人びていて、思わず見とれてしまう。
「どうしたんだよ、急に呼び出して」
「うん、ちょっとね。場所移動しよう」
どこもかしこも人だらけで、自然と距離が近くなる。誰かとぶつかりそうになると彼は腕を引いてくれて、大丈夫か?なんて訊いてくるスマートっぷりだ。人気の少ない路地裏にある喫茶店に入ると、先程までの喧騒も暑さも嘘のようで、店員さんに頼んで一番奥のテーブルに座らせてもらった。彼はアイスコーヒー、私はアイスミルクティーを注文する。それらが届くまで、背筋を伸ばして、膝に置いた両手をぎゅっと握って、じっと黙って座っていた。彼も何も言わず、ただ私が話し出すのを待ってくれているようだった。
「あの、突然なんだけど」
「うん」
しばらくして、運ばれてきたミルクティーを半分ほど一気に飲み込んでから意を決して話し出す。目を逸らさないように、彼を見据えた。そのキレイな瞳も私を見ていて、緊張も相まってドキドキが止まらない。
「……この夏を、私にくれませんか」
吐き出した声は震えていて、それでも彼にしっかり届いたようで一瞬にして意味がわからないといった疑問の表情が浮かぶ。
「御幸くんの今年の夏を、私にください」
「は……」
もう一度言うと、口を開けて固まる彼。コップの中の氷が、カラン、と音を立てて溶けた。店内にかかるゆったりとしたBGMがやたら大きく聞こえて、だけど向こうの方で話す人たちの声は何も入ってこなかった。
「え、いや、夏川……?どういう、こと?」
「来月から1ヶ月半、私と恋をしてほしい、です。詳しくは言えなくて……あの、」
「えーっと……それは、告白……って取ってもいい、んだよな?」
彼の言葉にコクリと頷く。
「だけど、その、もちろん強制ではないから……もし御幸くんが良ければ、なんだけど。一緒に生活も、してほしくて」
「生活って、」
鞄の中から封筒を取り出して、テーブルの上を彼の方へと滑らせる。
「もし御幸くんが、私に夏をくれるのなら……この封筒の中に入ってるメモの場所に来てほしいの。日時とか詳細も入ってます。あと、交通費」
「いや交通費って……!」
「無理なら現金書留で送り返してくれて構わない。実家の住所は見ての通り書いてあるから、そのまま郵便局に持って行って」
それだけ言い切ると、残りのミルクティーを飲み干した。鞄と伝票を手に取って立ち上がる。
「聞いてくれてありがとう。少しでも考えてくれると、嬉しいな」
きょとんとしながらも引き留めようとする彼を見ないふりをして、レジへと足を進めた。少し遅れて彼が席を立った音が聞こえたから、伝票と記載してある金額より多いお金を置いて、お釣りは彼に渡してくださいと伝えて喫茶店を出て走った。
(2018.10.15)
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