あれから、5年が経った。あの夏の次の春…つまり4年前の春に念願のメジャーデビューを果たした。全国ツアーもワンマンライブもリリースイベントも特典会も沢山して、毎年いくつものアイドルフェスやアニメフェスにも大学や高校の文化祭にも出演した。幼い頃から描いてきた夢は、いくつもいくつも叶えることができた。そうして私は、24歳最後の日、アイドルを……Triangle Saisonの真夏としての人生を、終えた。そんな私にも、また夏がやってきた。



7月26日。5年前、ひと夏だけ私と恋をしてくれませんかと、一也にお願いをしに行った日曜日。今日も日曜日で、駅も周りも人で溢れ返っている。そんな中私は改札前の柱に凭れて立ち、待ち人が来るのをぼんやりと探していた。少しすると左の方に懐かしい人物を見つけて柱から背を離し、目が合った「彼」に手を振った。


「久しぶりだね」

「そうだな。もう……5年か」

「うん。5年」

「行こう」


さり気なく手を取られ、ぎゅっと握られる。懐かしさに胸がときめいて、それでいてあの頃を思い出して少し切なくなる。時を重ねた彼は更に大人びていて、もう立派な社会人で、空白の時間を埋めるように私は彼の手をしっかりと握り返した。
どこへ行くのかわからないまま、彼に着いていく。電車を乗り継いで辿り着いたそこは、かの有名な、夢と希望と感動を与えてくれるテーマパークだった。


「か、一也、」

「ん?どうした?澄」

「ここ……」

「はい、チケット」


呆然としたまま持ち物検査をクリアし、入場ゲートへとやってくる。さも当たり前であるかのようにチケットを差し出され、驚きのまま彼――御幸一也を見上げると、チケットを握らされた手を包み込まれ、ゲートにQRコードをかざして背中を押される。ようこそ!とにこやかに迎え入れられたそこは、困惑する私でも心躍るような感覚になって。後から入ってきた一也は、遊び尽くすぞーと意気込んでいる。


「まずはシューティングだな!澄、急ぐぞ!」

「えっ、は、はい!」


早歩きで園内の左奥へと進んでいく。歩幅が違うせいで私は小走りになるけれど、左奥のシューティングといえばひとつしかない。新設されたときから大人気の、おもちゃのお話のアトラクションだ。無事夕方の優先乗車券を手に入れて、そのまま待機列に並ぶ。


「あの、一也」

「んー?」

「ありがとう」

「どーいたしまして」


悪戯っぽく笑う一也は、5年前のままだ。時々お互いに一方的に近況を送りあってはいたし、特典会で話すことはあったものの、立場上ちゃんと会話するのは本当に久しぶりで。付き合いたてのような、妙な緊張感がある。一也は平気なのか、ポーカーフェイスが上手いのか(後者だろうな)、あの頃と変わらない。だけど心做しか楽しそうにも見える。
待ち時間のほとんどはこの5年の間のことを話していて、あっという間だった。その後もたくさんアトラクションに乗って、ご飯を食べて、ショーを見て、色んなところで写真を撮って。まるで5年間ずっと付き合ってきていてこの場所にいるのだと、錯覚しそうなくらいに楽しかった。


「本当に、何から何までありがとう」

「気にすんなって。卒業祝いみたいなもんだからさ」

「数日前のことなのに、もう懐かしいよ」

「ステージに立ってるときの澄、スゲー輝いてた」


一也が予約してくれていたレストランで、少し早めのディナーをいただく。ゆっくりと運ばれてくるコース料理は、まだまだ語り尽くせない5年という溝を、少しずつ埋めていってくれた。両手いっぱいの思い出を一也に渡しては、もらう。その繰り返しでデザートまで食べ終えたところで一也はチラリと腕時計を見やった。


「時間、大丈夫?」

「まだ大丈夫だから、ゆっくりしてていいよ。トイレ行ってくるわ」

「ありがとう。行ってらっしゃい」


一也を見送って、残り少ない冷めかけの紅茶を口に運ぶ。今日一日の出来事をぼんやりと思い返して、本当に夢のような時間だったなと改めて感じた。どこか心の中で、一也は私のことを待っていてはくれないだろうと思っていた。連絡をくれるのも、ただの友人として、のような気がして。だけど一也は会うたびに、目で待っているからと訴えかけてくるようだった。


「澄?」

「……ん?」

「どうした?ぼーっとして」

「今日、すごく楽しかったなって思って」


それはよかった、と一也は笑う。いつの間に戻ってきていたのかわからない。今日のことを話しながらお互いにドリンクを飲み切ると、レストランを後にした。トイレに行ってくると席を立った際にお会計を済ませてくれていたらしく、変わらないスマートさに言葉を失った。そんなの当たり前だろ、とサラッと言って退けるものだから、もう何度目かわからないお礼を告げて、閉園の迫るパークを一也に手を引かれて歩く。


「うわあ……!」

「スゲーな……」

「うん、すごくキレイ……」


パークを歩く、とは言ったものの、実際はレストランのある船の甲板に出ただけだ。運がいいのか穴場なのか、数組のカップルがいるだけでほとんど人はいなかった(それも暗くてよく見えない)。一也はなんの案内標識もないところを進むから、入っていいところなのか少し不安だったけれど、特に問題はないようだった。そんなことよりも、目の前に広がるイルミネーションに心を奪われた。


「なあ、澄」

「うん?」


一也が何か言いかけたタイミングで、花火が打ち上がる。それに気を取られて一也に向けていた視線を空に移してつい魅入ってしまう。と、不意にぐっと腰を引かれ、一也との距離が一気に詰まる。すぐそこに一也の顔があって、ドキドキして、一也に持っていかれそうな意識を何とか花火の方に集中させる。そんな中、一也の小さな声が聞こえた。





「Will you marry me?」





耳を疑った。紛れもなく私に向けられたその言葉の意味は、つまり……。ゆっくりと一也を振り返ると、一也は私から離れてその場に跪き、目の前に小さな箱を差し出す。真剣な眼差しで私を見据えながらその箱を開ける一瞬の動作が、スローモーションのように見えた。


「夏川澄さん、俺と結婚してください」


今度ははっきりと、花火の音に負けないくらいの声量で告げられる。自然と涙が溢れてきて、驚きと嬉しさが混ざりあって、数秒……いや、数十秒、もしかしたら数分は何も言えなかった。何度も瞬きをして、一也と指輪を交互に見て、ようやく、


「はい……っ」


と、たった一言、声を発することができた。その返事を聞いた一也はみるみるうちにホッとした表情に変わる。立ち上がって涙を拭ってくれる一也に、今のこの想いを伝えたいと見上げると、優しく触れるだけのキスが降ってきた。


「一也、あの、」

「ん?」

「嬉しい……」

「俺も」


短い言葉で全てが伝わる、そのことにも温かい気持ちが広がっていく。そっと一也に左手を取られ、そのまま薬指に嵌められた指輪は、打ち上がる花火よりも輝いて見えた。




(2019.10.07)


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