花火大会が終わるとすぐに9月に入り、一也と過ごせる日も、残り僅かとなった。今年は残暑はあるものの順当に朝晩の気温が下がってきていて、もうすぐ秋になるんだと嫌でも実感する。一也にいつ話そうか……そう最初から思案していたことを、ようやく話す決心もついた。夏の終わりは一歩ずつ確実に、私たちの後ろに迫ってきていた。


「一也。話したいことが、あるの」

「澄……?」


夕飯も終わって、いつものようにリビングでのんびりしていたとき。私は話さなければ、と一也に声をかけた。一也は私を見て不思議そうに首を傾げながらも、ちゃんと向かい合ってくれて、話を聞いてくれるんだと私を安心させた。


「……少し、海に行かない?」

「いいけど……」

「散歩しながら話してもいいかな」

「わかった」


行こう!と努めて明るく言って、一也の手を取る。まだ不安が残っていて、別荘を出てすぐ握る力を強めると、一也も同じようにしてくれた。戸締りをして、プライベートビーチを歩く。ほとんど月明かりだけの、私と一也しかいない、静かな海。寄せては返す波の音と、砂浜を歩く私たちの足音だけが響いていた。


「あのね、私、一也に黙っていたことがあって」

「うん」

「少し長くなるんだけど、聞いてくれる?」

「聞くよ」

「……ありがとう」


足を止めて、一也と向き合って伝える。真剣な眼差しが嬉しくて、手は繋いだままそっと一也の胸に飛び込む。一也は反対の手で頭を撫でてくれて、私は何度か深呼吸をした。もう一度決意を固めて一也から離れると、再び海岸を歩き出す。


「半月くらい前、ここで夕日をバックに、歌とダンスを撮影してもらったことがあったでしょう?あの時、大学でダンスサークルに入ってるって言ったの、嘘だったの。ごめんなさい。だけどそれには理由があって……」

「……」

「私、実は、関西でアイドルとして活動しているの。この1ヶ月半も、少しだけでも一也と一緒に過ごしてみたくて、事務所に無理言って休みにしてもらって……。その条件として、練習動画を送ることになってね、それで撮影してもらったの」

「澄……」

「それから、もうひとつ。……あと1週間も経てば、私はアイドルに戻らなきゃいけない。だから、その時がきたら、私と別れてください。自分勝手でごめんなさい……っ」


一也を振り返って、頭を下げる。何故だかわからないけれど涙は全く出る気配もなかった。しばらく頭を下げたままでいると、ゆるりと一也に繋いだ手を引かれ、そのままぎゅうと抱きしめられた。


「……悪い、ちょっと考えさせて」


小さな声でそう言って肩口に顔を埋める一也の腕の力は、たぶん今までで一番強くて、それだけ一也が動揺しているんだということが伝わってくる。初めから、自分勝手でワガママなことをしているのはわかっていた。それでも理由も聞かずに頷いてくれた一也。今になってやっと涙が溢れてきて、酷くならないように必死で堪えた。


「澄」

「はい」

「何で、俺と過ごしたかったの?」

「……まだ青春と呼べるうちに、一也と青春を感じてみたかったの。誰でも良かったわけじゃない。一也だからこそ、誘ったんだよ」


声が震えないように、精一杯息を吸って、ゆっくりと話す。手遅れにならないうちに。まだ弾けられるうちに。今じゃないと、ダメだと思った。20歳も半ばを過ぎてからじゃ間に合わないと思った。


「返事、最終日まで待って欲しい」

「それはもちろん構わないよ。私のワガママだから……」

「悪い、サンキューな」

「ううん、いいの」


それからしばらく一也は私を離してはくれなくて、その行動が顔を見ると辛くなるからだと知ったのはまた別の話で。私は一也の思いもわからぬまま、ただしがみつくように一也の背中に腕を回していた。
何も話さないまま、時間だけが過ぎていく。一也がようやく私を離したのは、一体どれくらいの時間が経ってからのことだったのだろうか。


「澄」

「ん?」


ぼんやりと見える一也は困ったように眉を下げていて、私の名前を呼ぶと頬に手を寄せて戸惑いがちにキスをした。やがてゆっくりと唇が離れると、真剣な目をした一也と視線が絡む。


「ひとつだけ、確認させて」

「なに?」

「俺のこと、好き?」

「好きだよ。もう、一也のことしか考えたくない。離れたくない、苦しい。それくらい、一也が好き。大好き」


そう答えたあと、少し間を空けて、尋ねるでもなく確認するでもなく……独り言であるかのように、だけど私に向けて一也は言った。


「それでも、アイドルを選ぶんだな……」


私は頷くしかできなかった。涙が溢れて止まらなかった。そうだ。こんなにも一也が大好きで仕方なくても、一也のことしか考えられなくても、一也と離れたくなくても、離れるのが辛くて苦しくても、私はアイドルを続ける。だって私はアイドルだから。アイドルになりたかったから。
私から視線を外して目を伏せた一也に、私はどうすることもできなかった。訪れた沈黙は重くて、苦しくて、一也を見ていることができなくなって海の方へと体ごと向く。


「悪い、澄」


声が聞こえた時には、また一也の腕の中にいた。温かくて、切ない。


「俺も澄のこと、好きだから。それだけは変わらない」

「ありがとう……」


髪を撫でる優しい手つきに、胸が熱くなる。一也の全てを忘れないようにと力いっぱい抱きしめ返した。私が泣き止むまで一也はそのままでいてくれて、来た道を引き返して別荘に戻った頃には、22時を回ろうとしていた。




(2018.12.16)


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