テーマパークへ行った週の金曜日。両親から荷物が届いた。


「一也!見て見て!」

「どうした?」


平たい段ボールを開け、一也に中身を見せる。一也は少し目を見開いてそれを見つめたあと、私に視線を移した。


「澄、これ……」

「あのね、明後日、近くで花火大会があるの。行かない?」

「それは構わないけど……」


言葉を濁す一也。何故かやけに緊張している自分がいて、エアコンが稼働している音が大きく聞こえた。一也は眉間に皺を寄せて何かを考え込んでいるみたいだった。けれど、すぐに私に視線を戻して、言った。


「この浴衣、どうしたんだ?」

「両親に頼んで見繕ってもらったの。お礼も込めて、私からのプレゼント」

「お礼って……生活費とかも色々出してもらってんのに、」

「それは私が誘ったんだから、当然でしょう?買い物に行くときはいつも一也が出してくれてるし、この間のテーマパークだって」


眉を下げて尚も反論してくる一也に、強めに私がプレゼントしたかっただけだということを伝えると、一也はふっと頬を緩めて優しい表情になった。愛おしいものを見るような目で見られて急に恥ずかしくなって視線を逸らすと、一也は私の隣に来てぎゅっと私を抱きしめた。


「サンキューな、澄」

「っ、うんっ」

「大事にする」


柔らかな声色に、少し涙が出そうになった。一也とこうして過ごせるのはあと半月。花火大会も最高の思い出にしないと、と一人意気込んで、一也の背中に腕を回す。短い間抱き合って、離れるとさっそく着付けてみることにした。……だけど、いくら水着で見慣れたからと言って、水着じゃない時に裸を見るのはやっぱり抵抗があるわけで。


「なになに?澄、照れてんの?」

「ちょっ、早く肌着着てってば……!」


恥ずかしくて目を逸らしていることに気づかれて、お得意のニヤけ顔で迫ってくる。それを何とかあしらって、やっとの思いで浴衣に袖を通させることができた。


「うん、やっぱり似合ってる」

「澄も着てみてよ」

「え、私も?」

「俺も澄の浴衣姿見たい」


真っ直ぐに届いたその言葉は、先程とは違う恥ずかしさも運んでくる。赤くなっているだろう顔を隠すように小さく頷いて、浴衣を手に足早に隣の部屋へと逃げ込んだ。パタリと閉めた扉にもたれて、短く息を吐く。一也の真剣な表情と声と、そこから紡がれる言葉を思い出す。


「好き、だな」


呟いて、ゆっくりと服に手をかけた。
おおよそ5分後、私は浴衣を着て一也の前に戻ってきていた。


「……っ」

「どう、かな?」

「……可愛い、」


自分から聞いてみたにも関わらず、少し照れくさそうに言う一也に私まで頬に熱が集まる。だけど一也は、私が一瞬視線を逸らした間にいつもの調子に戻っていて、その後は意地悪を言いながらもたくさん写真を撮っていた。一也はあまり写真は撮らなそうなイメージだったから驚いたけれど、それだけ思い出として残したいのかなと思うと、素直に嬉しかった。



8月30日、花火大会当日。夕方になって2人で浴衣を着て出かける。右手は一也の左手と繋がれていて、その繋がりを確認するたびに、一也と恋人なんだということを噛み締めていた。色んな屋台を回って、屋台ならではのものを食べたり、射的、スーパーボールすくい、ヨーヨーつりをしたり……私たちは王道に楽しんでいた。
そうして空が群青に染まった頃、いくつか食べ物を持って海の近くのベンチへと腰を下ろした。


「ベンチ、たまたま空いててよかったね」

「そうだな。レジャーシート持ってくるなんて思いつきもしなかったよな」


他愛のない会話をしつつ、買ってきたものを食べつつ、まだもうしばらく始まらない花火が打ち上がるのを待っていた。次第に辺りは人で埋め尽くされていって、まばらに見えていた地面はいつの間にかほとんど見えなくなっていた。そうしてふと、会話が途切れ、お互いに空を見上げたときだった。


「あ……」

「始まったな」


突然夜空に光が放たれ、轟音が体に響く。次々と打ち上げられていく花火に口を噤み、長い間ただただ目を奪われていた。大きな花火が打ち上がる度に発せられる歓声も、屋台の呼び込みや鉄板の音も、全てが空に咲く光の花に吸い込まれていくようだった。


「っ……!」

「澄、」


小休止となり、空に静寂が戻ると、不意にぐっと腰を引かれる。それと同時に私の名前を呼ぶ艶めいた一也の声が聞こえたかと思うと、振り返った瞬間、唇が触れた。ほんの数秒だけ重ねられ、やがて名残惜しそうにゆっくりと離れていく。


「か、一也、」

「俺のことも見て?」

「〜〜っ」

「澄?」


全身を熱が駆け巡り、思わず一也の肩口に顔を埋めた。心臓がバクバクうるさくて、耳まで熱い。もう一ヶ月もこうして一也と過ごしてきたのに、未だに慣れない。少しの間顔を上げられずにいると、腰を抱く一也の腕の力が強まり、それが一層ドキドキを加速させる。


「始まった」

「う、うん、」


そうしているうちにも花火が再開され、一也に促されるまま何とか視線を上空に戻す。ちらりと一也の方を見てみると、ばっちり目が合ってしまった。


「やっと見てくれた」

「え、あ、」

「好きだよ、澄」

「私も……一也が好き」


一也の言葉がストンと私の中に落ちてきて、ふっと平静を取り戻すことが出来た。柔らかく微笑む一也に、私もちゃんと笑えていた気がする。自然と空に向き直り、何を言うでもなく空を彩る花火を見続けた。心の中でひとり、いつかまたこうして一也と花火を見られますようにと、祈りながら。




(2018.10.29)


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