両想いだった。私と、2つ上の先輩小湊亮介さんは、両想いだったのだ。だけど結局付き合うことはなく、彼の卒業後は連絡すら取らなくなってしまった。春市くんという繋がりがあったにも関わらず、だ。どうしてこんなことになったのかは、今はもうわからない。


「甲子園に行けたら――いや、甲子園で優勝できたら、話したいことがある」


亮介さんはそう言ったけれど、甲子園に行くことはできなくて。だから話は聞けずじまいで、きっとそれが告白だってことは私もわかっていた。私たちは恋人ではなかったけれど、友達以上恋人未満という関係の中で恋人であるかのような関係を築き、恋人同士がするようなこともしてきたのだ。だけど、それでも。そんな曖昧な関係は、亮介さんの高校卒業という形で全てが消え去ってしまった。


「今までありがとう、真白」


そう、たった一言、デジタルの文字で告げて。それは私たちの関係を終わりにするには充分すぎる言葉だった。亮介さんの真意はわからないけれど、私自身が行動を起こしていれば、終わらずに済んだのかもしれない。それでも私は、何となく、サヨウナラなんだと感じてしまった。
そんな私ももう大学さえ卒業して、いち社会人として平凡な毎日を送っている。大学の頃から付き合っている彼氏もいて、結婚も視野に入れていた。それでもふと高校1年生の、亮介さんとの1年間を思い出すことがある。そんなときは決まって夢の国へ足を運んで、忘れようと必死になっていた。のに。


「……真白」

「亮介、さん、」


その夢の国で、ばったり、だ。亮介さんの隣にも、私の隣にも、恋人がいる。ああ、なんて展開なんだろう。忘れたくて来た場所で、忘れたい人に出会うなんて。


「久しぶり。ちゃんと俺以外の人、見つけたんだね」

「おかげさまで。亮介さんこそ」


当たり障りのない会話をして、特に何があるわけでもなく、じゃあ、とお互い別れた。その後はもうずっと亮介さんのことしか考えられなくなっていて。いくつかアトラクションに乗って、乗り物酔いしたみたい、と嘘をついて彼氏とも別れた。


「真白」

「どうしたんですか」

「会えない?」

「……え?」


夜、何もやる気が起きなくて、ベッドに転がっていたらまさかの着信。亮介さんから発せられた言葉には、耳を疑った。もう、終わったんじゃなかったの?


「明日、同じところで待ってるから」

「えっ、亮介さん、ま……」


プツリと電話は切れた。亮介さんらしいな、なんて笑みが零れてしまって、ハッとした。
ねえ、亮介さん、私はまだ貴方のことが好きみたいです。別の人を好きになって付き合っても、どうしても、貴方のことが頭から離れなかったんですよ。どう責任取ってくれるんですか。
次の日、幸いにも有給を取っていたから、指定された夢の国へと向かった。エントランスで年間パスポートを提示して1人で入場する。亮介さんと再会した場所は、確か。


「亮介さん」

「真白、」


亮介さんは先に来ていて、近くのベンチに座っていた。場所を移そうか、とそう言って亮介さんは立ち上がり、自然と手を繋がれる。どくん、どくん、心臓の音がやけに鮮明に聞こえた気がした。夢の国にしては人気の少ないところで亮介さんは立ち止まり、くるりと振り返って私を見据えた。


「ねえ、真白、結婚しようか」


唐突な言葉に思考回路が停止する。昨日の亮介さんからの電話みたいにプツリと脳が動きを止めたみたいで、私はただただ亮介さんを見上げるしかできなかった。だけどゆっくり、ゆっくり、亮介さんのキレイな顔が近づいてきて、私は昔の癖で目を閉じた。瞬間、触れる唇。後頭部と腰に手が回り、一層きつく密着する。そこでやっと回転し始めたポンコツな脳みそは、亮介さんの言葉の意味を考える訳ではなく、亮介さんの唇からもたらされる快感に浸っていった。


「りょ、りょうすけ、さ……」

「なに?」

「どういう、」

「なにが?」

「……っ」

「真白、」


言わなきゃ、と思うものの、亮介さんが離してくれない。何度も触れるだけのキスを繰り返され、まるで考えるなと言われているようだった。遠くの方で大きな音が聞こえてきた頃、やっと亮介さんは私を解放してくれた。周りには誰一人いなくて、水上ショーが行われているんだとすぐにわかった。


「亮介さん、彼女さんいるでしょう」

「別れるよ」

「っ、そんな簡単に……!ならどうして、あの日、あんなメッセージを……」

「これからもよろしくって送ろうと思ってたのに、真白が変なメッセージ寄越すからでしょ」


あんなのどう考えても別れのメッセージじゃないかと抗議すると、また唇を塞がれる。亮介さんは、たぶん、結婚しようって、それはつまり、結婚しなきゃ許さない、くらいの意味なんだと悟った。


「っ……は、っ、亮介、さん、もう一度、言ってくれたら、はいって答えます」

「もう一回言うと思ってるの?」

「思ってます。だって、亮介さんだから」

「……はあ。変わってないね、真白は。だから好きなんだけど」


サラッとそんなことを言ってのけてしまう辺り、さすが亮介さんだなと思う。亮介さんの肩を押して距離を取り、さっき亮介さんがしたように、今度は私が亮介さんの瞳をじっと見つめる。少しの間のあと、亮介さんは1度目よりもずっと柔らかい声で、言った。


「真白、結婚しよう」


はい、と返事をした。もう亮介さんしか考えられなかった。体中、全部が亮介さんだらけで。亮介さんが私の髪に触れたのをきっかけに、私は亮介さんの胸に吸い込まれるように抱きついて、頬を伝う涙を隠した。亮介さんにはバレていると思うけれど。だけど亮介さんは何も言わず、私の頭を撫でてくれていた。



(2018.06.28)



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