正直、どうしてあの有名な成宮鳴という男が私を彼女としてくれているのかがわからない。取り立てて何が出来るわけでもなく、容姿がいいわけでもない。何かに情熱を傾けているわけでも、小さな目標があるわけでも、何なら自分の将来像さえ描けてなんていない。それなのに、成宮くんは私を好きだと言ってくれて側に置いてくれる。


「ねえ、真白って今どんな仕事してんの?」


そんなことを悶々と考えていたら、隣に座ってテレビを見ていた成宮くんが問いかけてきた。高校野球を題材にしたドラマはもう終わっていて、私の返答を待つ間に成宮くんはリモコンの電源ボタンを押した。途端に訪れる静寂。


「突然どうしたの?」

「気になったから。で、仕事は?」

「えっと、派遣で食品工場のライン作業を……」

「何それ?どんなことするの?」


てかまず派遣って何?とさらに続けて言われて、派遣社員という就業形態から話し始め、今私が働いている職場と仕事内容について細かく話した。細かくなったのは言うまでもなく、成宮くんがこれは?あれは?どういうこと?と質問責めにしてきたからである。


「はあ!?何でそんな地味な仕事してるわけ?俺の彼女なんだからもっと目立つ仕事しなよ!!」

「そんなこと言われても……」


全部聞き終わった成宮くんは声を荒らげた。いくら地味だろうと、こういう仕事をする人がいなければ食品業界は成り立たないのだと説明しても、それはわかるけど、と反論がくる。


「別に真白じゃなくてもいいじゃん、他の仕事探しなよ。ていうか今から探そ」

「見つかるかなあ……」

「あっ!うちの球団でウグイス嬢やらない?俺、真白の声好きなんだよね」

「ウグイス嬢……?」


今度は成宮くんが説明してくれる。聞く限りあんまり目立っているようには思えないけれど、成宮くんが私の声が好きだと言ったことは純粋に嬉しくて。成宮くんにとっては、ウグイス嬢という仕事は、わかるのは声だけといえど試合の時にいなくてはならない存在で、じゅうぶんに目立っているのだそうだ。不意に成宮くんは私を抱き上げ、膝の上に向き合って座らされる。一層密着する体とその距離に、胸がきゅうと締め付けられる。


「ねえ、真白、言ってみてよ。四番、ピッチャー、成宮鳴、って」

「ええ」

「お願い!」

「仕方ないなあ」


球場のアナウンスなんて聞いたことがないから、電車やショッピングモール、テーマパークのアナウンスを思い出して、イメージで声に出す。成宮くんはニコニコしながら私を見つめていて、何故か、成宮くんは本当に私のことが好きなんだと、感じた。


「あ〜〜〜最っ高、めっちゃいい」

「そんなに?」

「うん、そんなに。だから真白、ウグイス嬢になって」

「流石に無理だよ」


なんて話をしたのにも関わらず、次の日には私は成宮くんの球団を訪れていて、トントン拍子でウグイス嬢になることが決まった。後から聞いた話によると、成宮くんがゴネにゴネてゴネまくって、挙句、真白をウグイス嬢にしてくれないなら、真白をウグイス嬢にしてくれる球団に移籍するから!とまで言ったそうだ。


「今の俺にできないことはい!」

「さすが成宮くんだね」

「だから、いい加減鳴って呼んでくれない?」

「できないことあるじゃない」


その日の夜、帰ってきた成宮くんは開口一番そう言って私に抱きついてきた。そっと背中に手を回して、不満そうな顔をする成宮くんを見上げると、優しいキスが舞い降りてきた。


「何で呼んでくれないわけ?」

「私と成宮くんじゃ釣り合わない気がして」

「そんなの関係ないでしょ?好きだから付き合うし、結婚するんじゃん。真白、俺のこと好きじゃないの?」

「……好きだよ」

「じゃ鳴って呼んでよ」


ごもっともな理屈だ。成宮くんらしい。真っ直ぐな成宮くんに少し居心地の悪さを感じて顔を逸らす。だけど腰に回した手はそのままに、反対の手で私の頬を包み込み、成宮くんの方へ向けられる。それでも視線を合わせないでいると、こっち見て、と今にも怒り出しそうな低い声が飛んできた。おずおずと目を合わせると、見たことのないくらい真剣な表情をしていた。


「鳴って、呼んで」

「……成宮くん」

「真白」

「……め、鳴、くん」


瞬間、笑顔が弾ける。最早笑顔というより、ニヤケ顔だったけれど。


「ほんとは、くん、なんて付けなくてもいいんだけど〜、今はそれで許してあ、げ、る」

「成宮くん」

「怒るよ!!」

「もう怒ってるじゃない!鳴くん!」


上から目線で言われてイラッとして、ヤケ気味に名前で呼ぶと、成宮くんは鳩が豆鉄砲を食らったみたいに大きな目をさらにまん丸にして驚いていた。けれどすぐに顔を真っ赤にして、私の肩に額を寄せた。ずるい、と小さく呟いた成宮くんが、愛しいと思った。



(2018.06.28)



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