「真白先輩はっけーーーーん!!!!」
移動教室で御幸くんと廊下を歩いていると、後ろからすごい声が聞こえてきて振り返る。声の主は一人しかいない。走ってくる彼を、腕を広げて待つ。
「栄純くん!!!!」
がばっと栄純くんが抱きついてきて、それに応えるべく私も栄純くんの背中に手を回す。御幸くんが若干引いているのが横目に見えた。
「真白先輩本日も麗しく!!!」
「ありがとう!!」
今度はがばっと離れて、真っ直ぐにそう言われる。最早照れなど一切ない。最初こそ戸惑い照れまくっていたた私だけれど、かれこれ1年こんな関係を続ければ必然的に慣れてくるわけで。
「では!!授業頑張ってください!!ついでに御幸センパイも」
「俺はついでかよ!」
「真白先輩最優先、これは当然のこと!!!」
来た時と同じように走り去っていく。手を振って栄純くんを見送ったあと、ぶすーっとふてくされた顔で御幸くんが私を見ていた。
「真白」
「なに?」
「いつまであれ続ける気だよ」
「うーん、ずっと?」
ますます御幸くんの眉間に皺がよる。ああ、キレイなお顔が台無しだよ。だけどそんな顔も等しくかっこいい。
「だけど私、御幸くん一筋だよ」
「……本当かよ」
「今この瞬間、怒ってる御幸くんもかっこよすぎて照れ隠しがしんどいくらいには」
「……っ」
歩きながら話す。私の言葉に少し顔を赤くした御幸くんは、突然私の手を掴んで、ぐんぐんと階段を上っていく。屋上の扉の前で立ち止まったかと思うと私の方を振り返り、目を見据えられる。
「どうしたの?」
「俺がいつもどんな思いで見てるか、知ってる?」
手に持っていた教科書たちを取り上げられ、無造作に積み上げられた机の低いところに投げ出された。埃かぶりそう、と思うものの特に咎めることはせず、御幸くんが発した言葉について考える。
「……もしかして、嫉妬?」
「……悪いかよ」
「えっ、本当に?」
「……」
御幸くんは黙ってしまう。ふい、と顔を逸らしてしまったけれど、ほんのり耳も赤くなっている。御幸くんはいつもドライで、そういうのあんまり気にしないと思っていたんだけれど。
「ごめんなさい」
「……俺だって、」
その続きはひどく小さな声で、聞き取るのもやっとだった。だけど御幸くんが思い切り抱きしめてきて耳元で言うもんだから、胸がきゅんとなった。俺だって真白に触れてぇよ、だなんて。
「それから、名前。何で俺だけ苗字なんだよ。彼氏なのに」
「それは、その、御幸くんって呼ぶのが好きで……」
「何で。名前で呼べよ」
「えー……御幸くんって呼んでる方が、何か初々しいと思わない?」
思わない、とばっさり切り捨てられる。鍛えられた逞しいその体は、耳元で聞こえる声と相まって私の心臓の動きを早くしていく。今更、一也、なんて、恥ずかしくて呼べないよ。そんな思いも虚しく、御幸くんは名前で呼べと催促してくる。深呼吸して、思い切って口を開く。
「一也……くん、」
「一也」
「む、むり!むり!限界!!」
「はぁ……しゃーねぇな、真白からキスしてくれたら許してやるよ」
少し離れた御幸くんを見上げると、これはこれでありか、なんて考えていそうなニヤケ顔が私に向けられていた。普段ならキスの一つや二つ、簡単なことだけれど今はもうそれどころじゃなくて。きっと今私は茹で蛸みたいになっているんだろうな、と頭の隅で考えた。
「してくんないの?」
「まっ、て、」
「してくんないなら、沢村の前でキスしてやろうかなあ?沢村、どんな顔するだろうな?」
「ああ、もう!します!しますから!」
楽しそうに言う御幸くんに、意を決して背伸びをした。触れるだけですぐ離れようと思っていたにも関わらず、唇が重なった瞬間、後頭部に手が回ってきてそれは叶わなかった。時々角度を変えながら、何度も啄むようなキスをされる。ぎゅっと御幸くんの制服を掴んで、ぼーっとする思考に抗う。
「ごちそうさま」
「御幸くん……!」
「あれ?そんなに沢村の前でキスしてほしいんだ?」
「〜〜〜っ!!か、一也くん!!」
最後にリップ音を鳴らして離れた御幸くんは、高校生とは思えないくらいに妖艶な顔だった。勘弁して欲しい、心臓がいくつあっても足りないよ。授業開始を告げるチャイムはとうの昔に響いていて、もうここでサボろーぜ、と御幸くんが言うので大人しく従うことにした。
(2018.06.28)