敵だったんだな、とユウは頬に触れている真白の右手に触れて言った。真白はただ眉を下げて儚げに笑うだけ。ユウは自分の置かれているこの今の状況がどうも本当に現実であるのかわからなくて、それ故に第三者の視点からこの状況を観察出来た。何とも滑稽だ、ユウは思った。
「ここまで完璧に任務をこなしてきたウチにも、一つだけミスがある」
「ミス……?」
「貴方を、神田ユウを好きになってしまったこと」
「真白、」
ユウは触れた手に力を入れようとするが、思うように力が入らなかった。静かに目を閉じると真白が彼の名を呼び死んだのかと問いかける。ユウはと言えば違うと短く返事をしたきり黙ってしまった。
「ウチは、ユウが好きで好きで堪らない」
「あぁ」
「任務だからユウを殺すことは出来るけれど、そのときはウチも一緒に死ぬ」
「……あぁ」
頷くだけのユウに不安を抱いたのか、真白はユウに目を開けるよう促した。ユウは少しの間逡巡したのちにゆっくりと瞼を持ち上げた。真白の顔が思った以上に近くにあったことに、彼は内心驚いた。
「なぁ、ユウ、ウチはどうすればいい?」
「……俺と共に死ねばいいさ」
「ユウと一緒に?」
「真白もそれを望むんだろ」
力の入りにくい体を必死で動かして、ユウは真白を抱きしめた。それにより傷口からは更に血が溢れユウの下の白銀の雪を真っ赤に染めていく。そのことに気づいた真白は少し眉を寄せた。
「ユウは、」
「俺はもうすぐ死ぬだろうな」
「違う、ユウはウチが好き?」
「あぁ……死ぬほど、な」
普段はツンとしていて無口で無愛想なユウが死に際にはこんなになるのかと真白は複雑な心境になる。当のユウも俺は何を言っているんだと自分で自分に問いかける。しかし二人ともそんな感情はすぐに思考から消え去り、寒いという至ってシンプルなものが新たに芽生えた。
「寒いな」
「そうだな」
「ユウ、ウチも一緒に死んでもいいか?」
「真白がいいなら俺は」
じゃあお願い、真白はそう言うと顔を上げユウを見た。ユウは力を振り絞って真白にキスをする。長い長い触れるだけのキス。その間に最後の力で六幻をぎゅっと握り直して自分たちの方に向けた。
「真白、後悔、しねぇか」
「しない」
「そうか」
「ユウもしない?」
ユウは小さく頷いて空いている左腕を自分へ引き寄せ真白をもう一度抱きしめた。深呼吸をして躯に六幻を突き刺す。ざく、と肉の切れる生々しい音が聞こえて激痛が全身を走る。それと共に真白の体の傷口から血が噴き出して辺りの雪に赤い斑点を作った。ユウの体の傷口からは先程と変わらず血が流れ雪を染める。
愛してると呟いた。
けれど
声にはならず。
(聞こえたよ、ユウの言葉)
(俺も聞こえた、真白の)
(ウチが敵を好きになるなんて、人生で最大の失態だった)
(でも真白は俺が好きなんだろ)
(うん、それは変わらない事実)
(俺も同じようなもんだ、真白を好きだからな)
(2011.03.31)