俺と真白は今、同じ家に住んでる。
理由は簡単だ。
身寄りのなくなった真白を、俺ら神田家が引き取ったから。
付き合ってるとか、そんなんじゃねぇし、同棲って言葉も違ぇ。
どれかといえば“家族”が一番近くて、俺がただ一方的に想いを寄せているだけだ。
真白には、男がいる。
「どっか行くのか?」
「ん、うん、彼氏んとこ。メール来てさ」
そうか、と短く言葉を返して、近くのソファに座った。
真白はリビングを出てどこかへ行く。
こんなことを毎回訊いてる訳じゃなくて、今日はたまたま余所行きの服を着ていたから、訊いてみただけだ。
真白は男と会うからといって気合を入れれるタイプじゃないらしい。
どこへ出かけるにも、誰と会うにも、そんなことは関係なしに気分で服を選んでいる。
「ユウ、」
「あ?」
「少しだけお話、聞いてくれる?」
「あ、あぁ……」
珍しく、真白の声がどことなく弱弱しかった。
だから真白の顔を見てみると、少し辛そうだった。
……気のせいならいいんだが。
「あのね、さっき、彼氏からメール来たって言ったでしょ?」
「あぁ」
「最近よくメールが来るんだ、家に来いって。言い方がさ、すっごい上から目線で俺様で、家に行っても結局、いつも何もしないの。時々会話するくらいで、あとはほとんど放置されてる感じで」
「……真白?」
俯いているから表情は見えない。
だけど、不意にぎゅっと握られた手から真白の手が震えていることがわかる。
つまり真白は今……泣きそうな顔をしているはずだ。
必死で、涙を堪えているに違いねぇ。
「向こうはさ、勝手にゲームやったりパソコンやったり、友達か誰かと電話したりしてるの。話しかけたらさ、今忙しいから話しかけるなって怒られた」
「……けど、真白はそいつが好きなんだろ?」
コクリと小さく頷く真白。
そんな奴やめちまえよ、って言いてぇ。
けど言えねぇのが現実ってやつだ。
真白の想いを、踏みにじるわけにはいかねぇ。
「だけどね、メールの返事をしなかったり家に行かなかったりしても怒るの。だから……、」
「、だから?」
「もう、疲れた」
「真白……」
少しの間、沈黙が続いた。
その沈黙を破ったのは、真白。
もう用意しなきゃと言って、俺の手を離して立ち上がって、自室へと戻っていった。
リビングに取り残された俺の頭の中には、さっき真白が言っていた言葉がリピートされていた。
「行くのか、真白」
「うん」
ふと振り返ると、リビングの扉のところに真白が立っていた。
俺は真白を見送ろうと、ソファから立ち上がる。
真白の前まで行っても真白は動こうとはしない。
「行かねぇのか?」
「い、く」
「早くしねぇと、怒られちまうぞ」
「……うん」
真白の背中を押そうと真白に手を伸ばすと、それは真白によって途中で阻まれた。
ぎゅっとまた、手を握られる。
俯く真白はきっと今も、泣きそうな顔してんだ。
「ユウは、ここでいい。玄関まで一緒だと、家を出ても戻ってきそうだから」
「そうか」
「じゃあ、行って、きます」
「……っ」
思わず、俺に背を向けて歩き出した真白の腕を引っ張って、抱き寄せた。
行ってきますと言った真白の顔が、酷く辛そうで、苦しそうで、泣きそうだったから……。
俺なら真白にこんな顔させやしねぇのに、なんて思った。
「ユ、ウ……?」
「んなに辛ぇなら、行くな」
「辛くなんて、」
「泣いてんじゃねぇか」
肩が震えていた、泣いていると俺は思った。
実際、真白は泣いていた。
真白を泣かせるなんざ、許せねぇな。
「例え本当に真白が辛くねぇんだとしても、俺は行かせたくねぇ」
「離して、ユウ、お願い」
「断る」
「行かなきゃ、だめなの」
口では行かなきゃならねぇと言っているが、長年一緒だった俺にはわかる。
真白の体が、全てが、行きたくねぇと言っている。
尚更……行かす訳にはいかねぇ。
「真白にこんな辛い思いさせる男のところなんかに、行かせる訳にはいかねぇ。それに好きな奴のところは、義務的に行くもんじゃねぇだろ」
「そう、だけど」
「なら行くな。俺の傍にいろ。俺を選べとは言わねぇ。だけど辛いなら、俺を頼れ。俺は真白を護っから」
「ユウ……っ」
真白は声を上げてただ泣いた。
俺の服をぎゅっと掴んで、今まで溜めていたものを全て吐き出すかのように。
……真白は、何でも一人で抱え込みすぎだ。
結局その日、真白は男の元へは行かずにずっと俺と一緒にいた。
俺の部屋にいて、時々会話をしてあとはただ傍にいるだけ。
そのときは何もせずにいるその空間が、真白にとっても俺にとっても一番よかった。
二日後、真白から男とは別れたと聞いた。
自嘲気味に笑って、私ばかだったよね、って言うから俺は、ばかなんかじゃねぇよ、っつって抱きしめてやった。
真白は、いつも以上の笑顔で、笑った。
(2009.11.03)