「ねー海燕、見て見て!」
「こっち、こっちだよ海燕!」
「ほら、夕陽、きれいでしょ?」
「海燕大好きっ」
「わぁ美味しい!海燕、これ美味しいね!」
「ずっとずーっと、一緒にいようね?」
「私たち、どうなっちゃうのかな……」
「嫌だよ離れたくない」
「海燕の傍にいたい」
「ねぇ、海燕、ずっとずーっと、一緒にいられるよね?」
「怖いよ海燕……」
「離してよ!行きたくない!海燕とずっと一緒にいるの!」
「海燕、海燕!海燕ーっ!!」真白が俺の名を呼ぶ声で俺は目を覚まし、ソファからがばっと身を起こした。
実際に真白が叫んだわけじゃねえ。
夢の中で、あの日の幼い真白が叫んだだけだ。
今の真白は、もう……。
「……志波副隊長?」
「あぁ、真白か」
「どうなされたんですか?……泣いてます、」
「泣いて、る?」
真白の手が俺の頬に触れる。
その反対の頬に、真白はキスをした。
昔からの真白の癖だ。
誰かが泣いていたら頬にキスをする。
相手が男であろうと女であろうと、誰であろうと関係なく。
「泣かないで、下さい。志波副隊長が泣いていたら、私まで、哀しくなります」
「……変わらねえな、真白は、今も昔も」
呟いた俺の言葉は、真白には聞こえなかったみたいだ。
真白は、困ったような顔をして少し首を傾げている。
何でもねえと俺は言って、ソファに上げていた足を下ろしていつものように座った。
その俺の隣に、真白は座る。
「何故、涙をお流しになられていたのですか?」
「先にその堅苦しい敬語、やめろ。もっと砕けていいって言ったろ?」
「し、しかし……」
「堅苦しいのは苦手なんだよ」
真白が敬語を使うなんて、慣れねえしな。
それに何より、真白とは出来るだけ対等な立場でいたい。
そう思ったけれど、口には出さなかった。
覚えてないからな真白は。
言っても……真白を、困らせるだけだ。
「海燕殿はどうして、涙を?」
「夢を、見たんだ」
「夢……ですか?」
「ああ」
俺の言葉に、首を傾げる真白。
昔から変わらない仕草だ。
懐かしいと思う反面……真白は昔を覚えていないんだと、痛感させられる。
その思いを掻き消すように、俺は続きを話した。
「真白は記憶がないが、昔真白と俺は一緒に住んでたって話は、したよな?」
「はい。とっても仲が良かったんだと伺いました」
胸が締め付けられるような思いとは、こういうことなんだろうな。
真白は真白のはずあのに、幼い頃の記憶がない。
俺だけに真白との記憶があって、真白と同じ記憶を共有できない。
……悔しいと、思っている。
「そのときの夢。真白と遊んだり話したりしてるんだ。走馬灯みたいなもんだと思う。真白が家の奴らに連れていかれて、俺の名前を何度も叫んだところで目が覚めた」
「そう、だったんですか……」
真白は顔を歪ませた。
聞いてはいけなかったと思っているのだろうか。
……きっと真白だから、そう思ったんだと思う。
真白が、そんな顔をする必要なんてどこにもねえのに。
二人の間に沈黙が流れる。
こう、二人きりのときに沈黙が出来るとなんつーか……真白を抱きしめたくなる。
嫌いじゃないんだけどな。
「……海燕、あのね、私、確かに幼い頃の記憶はないよ。だから幼い頃、どれくらい海燕のことが、大切だったかとか、全然わからない」
「真白……?」
「だけどね、私、海燕の為なら、何だってしたいの。海燕になら何されてもいい。どんなことでも、海燕が望むなら私は受け入れるよ。キスされもするし、触れられもするし、抱きしめられもする。もちろん抱かれたっていいよ」
俺の手を両手でぎゅっと握って俯いて言う真白からは、今までにないくらいの真剣さを感じた。
たぶん、タメ口なのは、真白がわざとやっている。
真白のオモイを伝える為に、だと思う。
「あぁ、ありがとな、真白」
空いている右の手で、真白の頭をくしゃくしゃっと撫でる。
真白は顔を上げると、輝くような笑顔を見せた。
変わらねえ、真白の笑顔。
(2009.10.27)
海燕お誕生日記念でした!