机の上の花瓶に入った桃の花を見る。小さな花で、きれいだ。つい見とれちまって仕事が手につかねえ。
何で俺の机の上に桃の花があるのかというと、それは数時間前に遡る。俺が六番隊舎の前をちょうど通り過ぎようとしたときのことだ。もちろん九番隊舎に戻る為に歩いていた。
「檜佐木副隊長!」
「ん?ああ、お前は、」
「おはようございます!」
「おう、はよ」
恋次とよく一緒にいる六番隊四席の奴が走って俺の元へ来た。こいつには悪いが、余り名前を聞かないから名前まではわからねえ。心の中で謝りつつ、彼女の言葉を待った。
差し出された花。初めは桃の花だなんてわからなかった。九番隊舎に持ち帰って隊員に桃の花だと言われて、初めて受け取ったのが桃の花だと知った。
「受け取って下さいっ!」
「……?、ああ」
よくわからねえが、とりあえず受け取った。彼女は人気があるし、俺も少し気になっていた。寧ろ好きなんだと思う。好きで好きで仕方ねえくらい。きれいというより可愛いが、彼女には似合う。そんな奴が、俺にプレゼントをくれるというのだ。貰わねえ方がおかしい。
俺が花を手にすると、彼女はありがとうございますと礼を一言俺に告げて、一目散に六番隊舎の中へ走っていってしまった。だから礼を言いそびれた。
そんなわけで、今に至る。
一通り事務仕事を終わらせて、俺は九番隊舎を出た。向かうは六番隊舎。恋次に彼女の名前を訊きに行こうと思ったからだ。運良く彼女がいたら、礼も言える。
俺の足取りは軽かった。浮ついていたかもしれねえ。
「恋次」
「檜佐木さんじゃないっすか。どうしたんすか?」
六番隊舎の前で恋次と出くわした。今は一人みたいだ。
「あいつ……よくお前と一緒にいる、これくらいの身長の、四席の女の子、」
「華紀ですか?」
身振り手振りで伝えると、恋次はすぐにわかってくれた。はなき、という名前らしい。
どんな漢字をあてるのかと問えば、紙に書いて教えてくれた。
「華紀、何て言うんだ?」
「真白、です」
真白がどう書くのかも教えてくれた。
華紀真白、と俺は彼女の名前を呟いてから、恋次に礼を言った。そうしたら恋次が華紀を呼ぼうかと訊いてくるから断った。恋次と話をしている間に色々考えて、礼だけじゃなくて何か渡そうと思いついた。
恋次と別れて向かったのは、花屋。目には目を、じゃねえが花には花を、だ。第一華紀が何を好きかもわからねえ。
ただわかるのは、
「彼女にプレゼントかい?」
「いや、そうじゃねえんだが……女には渡す」
店主らしき初老の女に訊かれたから、答える。
華紀は恋人じゃない、まして友達でもない。今はただの隊は違うが上司と部下だ。
「桃の花を、貰ったんだ」
「そうかい桃の花を。……花言葉を知っているかい?」
「いや、知らねえ」
「私は貴方の虜です、というんだよ」
……つまりは、告白、か?華紀は俺に、好きだと伝えたかった、のか?
「その子はあんたに、好きですて言いたかったんじゃないのかい」
「そうかも、しれねえ」
「返事はどうなんだい?」
「俺は、」
花を買った。華紀に渡す為に。
六番隊舎に向かう途中の、誰もいないところで運良く華紀と出会った。だから、引き止めた。
「花、さんきゅーな。それで俺からも、」
「胡蝶蘭……ですか?」
「受け取ってくれるか?」
「……もちろん!」
俺が華紀に渡した胡蝶蘭の花言葉は、
あなたを愛しています。
(2010.08.29)