とある部屋に二人きりで男女がいた。
「修ちゃん、お願いを聞いてくれる?」
「お願い?」
「ええ。私からの最後のお願いよ」
「最後って……。俺が向こうに戻っちまうようなこと。真白が、どっかに行っちまうのか?」
「私の憶測でしかないけれど、きっと修ちゃんは、今日向こうの世界に戻ることになるわ」
「憶測を信じるくらいなら、俺を信じろよ」
「信じているわ。私は、いつでも修ちゃんのことを信じてる」
「だったらどうして、」
「何となく、そんな気がするだけよ。言ったじゃない、私の憶測だって」
「最後だなんて言わせねえからな、真白」
「最後かどうかはまだわからないわ。もしかしたら、向こうに戻ってもまた此処に来るかもしれないでしょう?」
「ああ、そうだな」
哀しい表情の二人。
「だけどもしかしたら、最後かもしれないから」
「……俺は、最後だなんて思わねえ」
「修ちゃんらしい。もし向こうに戻っても、またこっちに来ることがあったら、その時はお願いを聞いてね?」
「当たり前だろ」
「ありがとう」
「で、真白、お願いって?」
「私を抱いて」
「真白、お前……」
「最後かもしれないもの」
「俺が誘っても、真白は散々断ってきたじゃねえか」
「そうね。だけど、考えが変わった、とでも言えばいいかしら」
「真白……」
「お願い、私を抱いて」
「……わかった」
彼は、彼女を、とても大切に抱いた。
「俺……真白と、離れたくねえ」
「何弱気なことを言っているの。修ちゃんらしくないわ」
「そうかもしんねえけど、真白が好きだから」
「大丈夫よ、きっとまた会えるわ」
「だといいけどな……」
「信じましょう、また会えるって」
「……ああ。真白は、強えな」
「そんなことないわ。そう思わないと、心が潰れてしまいそうだもの」
二人は口づけを交わす。
「本当はね、今、泣きたくて仕方がないの」
「まだ今日俺が向こうに戻るって、決まったわけじゃねえ」
「ええそう。でも私の勘って良く当たるの。修ちゃんと出会った日も、何かありそうだって思っていたのよ」
「そう、か、」
「だけど私決めていたの、修ちゃんを好きになってから」
「決めていた?」
「もし修ちゃんが向こうに戻る日が来たら、笑顔で見送ろうって」
「泣いても、いいんだぞ?」
「修ちゃんならそう言うと思ったわ。でもね、泣いたら私、ずっと泣いたままだと思うから」
「学校にも行かねえで、か?」
「そう。それは、流石に嫌なの。好きで大学に行っているもの。ちゃんと卒業したいわ」
彼は彼女を抱きしめた。
「……そろそろ、かな」
「まだ此処にいてえ」
「服を着ましょう」
「真白、」
「向こうで裸だと怪しまれるでしょう?」
「真白」
「ほら、早く」
「聞け真白」
「聞いているわ。先に服よ。着ながら話せばいいじゃない」
「…………」
「拗ねないの。聞かないよ?」
二人は服を着た。
彼女は今まで着ていた服を。
彼は――……死覇装、を。
「真白に出会えてよかった」
「うん」
「真白が、本当に好きだ」
「うん」
「俺からも、一ついいか?」
「……もちろん」
「絶対にまた真白に会いに来るから、そのときは笑顔で迎えてくれ」
「約束するわ」
彼が薄くぼやける五秒前、二人は口づけを交わして、抱きしめ合った。
「修ちゃん、これを」
「指輪?」
「私とお揃いよ。私が存在していた証に」
「サンキュ。大切にする」
互いに笑顔で別れた。
修ちゃんは確かに此処に存在していたわ。例え異次元の人であっても私と一緒に過ごしてきたもの。背の高さも手の大きさも、低い声も甘い声も、抱きしめられる温もりもキスの感覚も……私は全て覚えているわ。これから先もしも会えなくっても、修ちゃんを一生忘れない。きっと、修ちゃんのことをずっとずっと好きでいるわ。修ちゃん以外の人を好きになれないと思うの。
もしかしたら真白のいた場所は、異次元なんかじゃなくて、空座町から何処か離れた場所だったのかもしれねえ。もしそうなんだったとしたら、真白が死ぬときに真白は俺のことを忘れちまう。だから俺は、真白がいた場所は異次元であって欲しいと願う。真白と過ごした日々は本物で、確かにあそこに俺と真白は存在していたから。その証拠だってほら、今此処に俺の右手の薬指にある。
(2010.08.14)
修兵お誕生日記念でした!