「そんなに言うなら付き合いましょうか?」
サラッとそんな言葉が出てきた自分に驚いた。
静ちゃんに会ってなくて約2週間。池袋に行ったけど静ちゃんの姿はどこにもない。俺に会わないようにしているのかと思ったけど、それにしても2週間も会わなかったことはなかったからイライラした。別に両思いで付き合っている訳じゃないのにイライラすることなんて片思いの俺にとってはお門違いな訳だ。そんなこと分かっているけど、このイライラは抑えきれない。
そんななか、仕事で会った四木さんに冗談で言われた誘いに乗ったのだ。前からちょくちょく構ってくる四木さんを鬱陶しく思っていたけど、今回はその冗談を利用させてもらってこのイライラを沈ませよう。
目の前にいる四木さんは、何処か焦っているようにも見えるが流石にヤクザとなればそんなことは顔には出さない。いつも仕事している俺だから気付くのかもしれない。
「それで、ヤるんですか?ヤらないんですか?」
四木さんに近付き、耳元で囁く。それに対し四木さんは、俺の腰を抱き寄せて耳元で囁く。
「もちろんヤりますよ?こんな機会めったにないんでね」
ニヤッとした顔に何処か悪寒が走ったが、無視して俺は四木さんを抱き返した。そのまま、四木さんの車に乗り込みホテル街へ進んだ。
……その姿を静ちゃんが見ていたなんて知らずに。
(なんだあの男、しつこい)
四木さんとヤってまず思ったことだ。とことんSなんだろう。四木さんの前で泣くなんて失態をしてしまうほど、ねちっこい行為だった。普段なら泣かないはずなのに、静ちゃんと会えないことが余程きていたこともあるだろう。だが、それ以上に四木さんのねちっこい行為だと思いたい。ずきずきと痛む腰を叩きながら歩ていたら前方から、約2週間ぶりに見る静ちゃんの姿がある。嬉しいけど、なにも四木さんとヤった次の日に現れなくてもいいと思う。もう1日早く現れていたら、今の俺はこんなに腰が痛むことも四木さんに泣き顔を晒す真似もしなくて済んだのに、と責任転嫁してみたり。自分のことで精一杯だったせいで静ちゃんが怒っていることになんて気づかなかった。
「やぁ、静ちゃん」
声がちょっと掠れて恥ずかしかったけどお構いなしに俺は静ちゃんに挨拶した。けど、静ちゃんはこちらに気付かないかのように無視して通り過ぎていった。向こうは俺を認識したはずだ、目もあったし。それなのになんで無視するの?いつもなら、どんなときだってケンカを売ってくるはずなのに。俺は思わず通り過ぎようとしている静ちゃんの手を掴んだ。……掴もうとした。けど、その手を掴む前に静ちゃんに手を払われてしまった。
「触るんじゃねぇ」
「……っ」
「手前、昨日男とホテルに入ってたろ?ホモが知り合いにいるなんて最悪」
憎悪が籠っている顔で言われた言葉に俺の思考はストップした。遠回しに振られたんだな、なんて頭の片隅で思ってるけど上手く頭が回転しない。
「ははは。そうかそか……それなら仕方ないよね。今度から近寄らないようにするよ」
「ってことは、手前がホモってこと認めるのか?」
「そうだよ、頭まで怪物な君にはきっと理解できないよ」
バカにしたように笑ったら、静ちゃんは益々怒った。俺はそんなこと気にせずに言い放った。
「じゃあね、静ちゃん」
静ちゃんの顔を見ないように、俺は走り去った。……辛い辛い、こんな別れ方をするなら静ちゃんなんか好きになるんじゃなかった。
バイバイ、俺の初恋。