俺が静ちゃんの目の前から姿を消してから1ヶ月がたった。最初は携帯に静ちゃんからの電話やらメールが大量に来て嬉しい反面、とてつもなく怖くもなった。いつか静ちゃんからの連絡が来なくなることを想像したら怖くなった。見るのも怖くなった俺は携帯の電源を落として部屋の角に追いやった。


それから俺は新羅の家に匿ってもらい、情報屋の仕事もなにもせずただ日々をボーッと生きた。こんなことでいいのかと思ったけど、何もやる気が起きない。静ちゃんから離れただけでこんなことになるなんて自分でもびっくりだった。こんなことになるなら、静ちゃんと付き合わなければよかった。
……出会わなければよかった。

そんな自嘲気味に天井見ながら考えていれば新羅からリビングに来てほしいと呼び掛けられた。嫌だとは思うが、匿ってもらっている身だ。俺は天井からドアへと視線を移し、立ち上がりリビングへと向かった。そのとき俺はなんで嫌だと言わず素直に従ったのだろうとリビングのドアを開けた直後に思った。


「新羅、何のよ……」

ドアを開けて視線を上げれば、ソファには最も会いたくない金髪で怪物のあいつが座っていた。俺は動揺してしばらく動けなかったが新羅が話し始めてのを聞き我に返り、玄関へと走ろうとすれば新羅に腕を掴まれてしまった。

「いきなりごめんね、臨也。でもずっとこのままじゃ君たち仲直りもなにもしないでしょ?」

俺は思わず新羅をキッと睨み付けた。この前いきなり俺と静ちゃんのことを聞き出したのはこれのためなのか。いつも俺なら察知できたことも最近の俺なら無理かもしれない。

「俺を裏切るんだね、新羅?この前いきなり俺と静ちゃんのことを聞いたのはこれのためなの?」

「裏切る訳じゃないよ。君の助けになりたいんだ。まぁ、この前聞いたのは君が言っている通りだよ」

助けってなんだよ。俺はこのまま静ちゃんと会わないことが一番なんだよ。それなのに……

「まぁ、僕と話すなんかより静雄と直接話しなよ。その方が解決に繋がると思うし」

そう言い新羅は俺をソファへと連れていき、静ちゃんと正面になるとこに座らせた。チラッと顔を上げて久しぶりに見る静ちゃんはどこか老けたように見えた。いつもと同じに見えるのに、何処か老けて見える。

「……臨也」

絞り出されるかのように呟いた静ちゃんの声は俺の耳へと滑り込んでくる。そんな声に俺の心臓はさっきからバクバクしている。

「……、なに」

緊張したせいか声が何処か上擦ったうえに素っ気ない返事になってしまう。返事をしただけなのに静ちゃんはどこか嬉しそうに見えた。

「俺、お前になにかした……のか?」

その一言で俺はカッと頭に血が上った。¨なにかした¨だと?自分でも心当たりがないなんてあのキスは静ちゃんにとってはどうでもいいことなのか。俺がショックを受けたことは静ちゃんにとってどうでもいいのか。

「ああ、したよ。1ヶ月前、静ちゃん池袋のビルに居たでしょ?ヴァローナとか言う女と一緒に」

静ちゃんは頷いているが、なんのことかさっぱりわかっていない様子だった。

「その女とキスしてたでしょ?」

「はぁ!?なに言ってんだよ」

「そのままの意味だけど?俺、その向かいのビルで見てた」

「確かにその日はヴァローナと一緒には居たが、キスなんてしてねぇ!俺がお前以外のやつとキスするとでも思ってんのかよ!」

「するなんて思ってないよ!でも、…この目で俺は見たんだからっ」

感情を吐き出すように俺は叫んだ。静ちゃんが俺以外とキスなんてあり得ない。でも、実際にキスしていたじゃないか。どうして今さら嘘をつくんだよ。

「まぁまぁ、二人とも落ち着いてよ。……それで臨也は静雄とその、ヴァローナって子がどういう風にキスしていたんだい?」

感情的になっていた俺は新羅の止めによって多少落ち着いた。そしてできるだけ感情的にならないように俺は新羅の問いに答えた。

「後ろ姿だったけど、二人が並んで静ちゃんがそいつを覗き込むように……してた」

「え、じゃあ臨也はちゃんとキスしているところは見ていないんだね?」

「まぁ、そうかもしれないけど顔を覗き込むなんてキス以外であり得ない」

新羅はあちゃーって言いながら額に手を当てているし、静ちゃんなんてポカーンとした顔をしている。なんなのさ、俺は思ったことを言っただけなのに。

「たぶんそれ、ヴァローナの目にゴミが入ったとかで俺が取ってやろうとしてるとこだと思う」

にやけた顔とどこか申し訳なさそうに静ちゃんは言った。

「は?今さら言い訳なんて聞きたくないんだけど」

「……、臨也。それ言い訳とかじゃなくて事実だと思うよ」

そろーっと手を上げて新羅はそう告げた。じゃあ俺が散々悩んでいたことって全部勘違いだったってことなの?そんなわけない。

「たぶん臨也が今考えている通りだよ」

苦笑しながら新羅は俺の心中を察したかのように言った。そう言われた瞬間俺は顔を真っ赤に染め上げた。この1ヶ月間、俺は勘違いから静ちゃんを避けまくっていたってこと?

「じゃあ仲直りもしたみたいだし、あとは二人さんで。俺はお暇させていただくよ」

「え、ちょ新羅……」

俺の止める声も聞かずに新羅はドアへと向かっていってしまった。新羅に気をとられていた俺は隣に静ちゃんが座ったことになんて気づかなかった。

「臨也」

俺はびくっとなったが、静ちゃんの方を向く。

「……勘違いさせるようなことして悪かった」

「俺だって勘違いして、勝手に避けたりしてごめん」

「そうだぜ、勝手に避けやがって。俺がどんなに探したか」

「だから、ごめんって言ってるじゃん!」

「でも、まぁ今俺の傍にいるから許してやるよ」

そう言い静ちゃんは優しい笑みを浮かべた。
この1ヶ月の新羅を巻き込んだ出来事は全部全部俺の勘違いだった。










以下蛇足…



「ちょっとタンマタンマ!」

「あ゛?んだよ、1ヶ月ぶりにキスだぞ。いいじゃねーか」「……、いやほんとにキスしてないんだよね?」

「当たり前じゃねーかよ。誰が好きこのんで他のやつとキスしなきゃならねーんだよ」

「だって他の人とキスした唇でキスなんか……」


チュッ


「これでいいだろ?お前以外となんかキスしねーよ」

「……っ!なにがいいんだよっ」

きっと俺の顔は真っ赤になっていただろう。