唇に触れないで










静ちゃんがキスをしていた。


仕事で池袋に行き、四木さんと打ち合わせのためにビルに入った向かいのビルに金髪の長身が居たからきっと静ちゃんなんだろうと思って見てたら案の定静ちゃんで。でもキスをしていて。俺じゃなく他の子に。しかも女の子に、だ。よく見ればあれは後輩のヴァローナ?とか言うやつだと思う。静ちゃんなに後輩に手出してんの!?なんて思うけどやっぱりって思う気持ちもあって。男の俺じゃなくて柔らかくてふわふわの女の子がいいのかな、俺なんて素直になれないしかわいくもないし。例え男だとしても俺以外の子だろ、なんて自嘲気味になったりして。でも、いくら静ちゃんが他の人を好きになったりしてもキスをしていたとしても俺から別れを切り出すことは出来ない。惚れた弱みなのか俺が静ちゃんから離れるなんて出来ない。高校入学から一目惚れしてから三年間片想いをして、卒業のときようやく想いを伝えられたわけで。まさか受け入れてくれるなんて思ってもなかったから嬉しくて嬉しくて。だから俺から離れるなんて考えられなくて。静ちゃんから別れてほしいって言われれば嫌だけど静ちゃんのためなら別れられる。

仕事中なのをすっかり忘れて考え事をしてたせいで四木さんに怒られたりもしたがそのあともさっきの静ちゃんとヴァローナのキスシーンが頭に過って仕事に集中できなかった。それを見て四木さんには途中で帰れと言われてしまった。プライベートと仕事は別のことなのに最悪。今日は家に帰ってもう寝よう、そして今日のことは全部全部忘れよう。池袋に居れば静ちゃんに見つかるかもしれない。会えるのは嬉しいけど今会うのはきつい。そう思って俺は急いで家路へと着いた。


エレベーターで俺の部屋の階まで着いて玄関には金髪でバーテンダー服の人が座っているのが見えた。あれって確実に静ちゃんだよね?ってか俺が静ちゃんを間違える訳がない。なんでいるわけ?もう別れを言いに来たとか?どうしようどうしようどうしよう!テンパって怪しい行動をしていた俺に静ちゃんが気づいたみたいだ。

「おい、手前なにしてんだ?」

「静ちゃんこそ何しに来たの?」

思わず可愛くない返事をしてしまう。こんな返事するつもりじゃないのに。俺ってば可愛くない、もうやだ。

「……っ、別に良いだろうが、さっさと中に入れろよ」

「なにその言いぐさ。ムカつくんですけど?」

「んだと、臨也くんよぉ?」

「わかった、開けるから。暴れないでよ?近所迷惑なんだから」

また可愛くない返事をしてしまう。内心自己嫌悪に陥っているが表情には出さず玄関の鍵をあけ静ちゃんを中に入れた。
中に入ってた静ちゃんは当然のようにソファに座りタバコを吸い始めた。タバコを吸わないのに静ちゃんのためにわざわざ灰皿を常備してあったりして。なんか俺ってば静ちゃん中心に生活してんだな、なんて嬉しいような悲しいような。

「それでほんと何しに来たわけ?」

「……、ヤりてぇ」

「……は?」

「だから、ヤりてぇんだよ。仕事やらで全然できてねぇし」

ああ、なんだ。ヤりたいだけなんだ。別れを言いに来られた訳じゃないから嬉しいけどなんとも言えないな。俺に会いに来たとかちょっと、ほんとにちょっとだけでも思った自分がバカみたい。静ちゃんに惚れている時点でもうバカか。

「そっか。わかった、……けど1つだけお願いがあるんだけど。……キスはしないでほしい」

あの子とキスした唇で俺に触れてほしくない。静ちゃんはポカーンって顔をしていた。

「はぁぁあ!?なんでだよ」

「……、とりあえずお願いだから」

切羽詰まったような俺の顔に静ちゃんは渋々といった様子で仕方なしに頷いていた。





今日の行為は全身を貪られるようで、恥ずかしかったし激しかった。けど、約束通り静ちゃんはキスを一度もしてこなかった。そのあとも静ちゃんは俺にキスすることはなかった。自分で言ったはずなのにどこか寂しい気もしてワガママな自分を再確認した。