一番









「静ちゃんはずるいよ」

俺はそれだけ言って、静ちゃんの前から走り去った。
追いかけてでも来るかと思ったのに、後ろを振り返ってみれば静ちゃんはさっきの場所から一歩も動かずにいた。

静ちゃんはずるいと思う。ずるいとはなんか違うけど……。仕事の上司にも部下にも、弟、それ以外にも池袋の人間から愛されてる。そりゃ中にも怖がる奴等だって居るけど、たぶんそれは静ちゃんに投げ飛ばされたり自販機投げられた奴等だと思う。それなのに、静ちゃんはなんでいつもいつも¨愛されたい¨と願うのかな。充分に愛されてるし、これ以上静ちゃんを愛す奴なんて現れなくていいのに。今だって静ちゃんのことを好いてる奴らなんて消し去りたいよ。俺がその人たちの分まで愛すし、静ちゃんだって俺だけを見て俺だけを愛せばいいのに。もちろんそんなことをすれば、静ちゃんに嫌われるだろうからできないけどさ。歪んだ愛だなんて分かってるけど、止められないし止まらない。どうにもならないこの気持ちに俺はどうしたらいいのかわからなくなってきた。静ちゃんに当たるのも可笑しな話だし。
誰もいない池袋の街を一人歩いていた。このまま池袋に居ても静ちゃんに当たるだけだ。そんなの嫌だからな。そろそろ新宿に帰った方がいいかな、なんて思った時だ。後ろから足音がする、だんだん近付いてきてるし。俺はポッケに手を突っ込み、しまってあるナイフを強く握った。足音が俺の体に触れようとする前に振り返り、ナイフを突き刺そうとする。……あれ、刺さらない。なんで?って顔をあげれば静ちゃんの姿があった。そのまま静ちゃんは俺を抱き締めた。

「え、ちょ。静ちゃん?」

「………」

静ちゃんはだんまりで、抱き締める力だけ強める。

「…静ちゃ、」

「さっきの言葉聴いたときさ、俺お前に嫌われたのかと思った。俺は確かにずるいぜ。お前を縛り付けてるし。お前が言ったのはそれじゃあねぇかもしれないけどよ……」

そう言い一拍置いたあと呟くように言った。

「……、俺から離れるんじゃねーよ」

その言葉を聞いた今の俺は顔が真っ赤になっていると思う。静ちゃんがこんな風に考えていてくれていることに俺は顔がにやける。

「手前、なににやけてんだよ」
よく見れば静ちゃんの顔も真っ赤に染まっていた。

「だって、嬉しいじゃん。それに大丈夫だよ、俺が静ちゃんから離れるわけないじゃん。どんなに喚いたって離れるつもりはないから」

「そうか」

静ちゃんはそう言い、フッと笑ったあと俺を抱き締めた。今のところは俺が一番静ちゃんから愛されてるみたいだし俺が一番静ちゃんを愛してるからいいかな。