『その笑顔は反則だから』

確かあのノミ蟲は寿司の中でも大トロが特に好きだった筈だ。
仕事帰りに目に留まった露西亜寿司の看板を見ながら、そんなことを思い出した。

「……買ってってやるか」

ちょうどいいことに今日は半額デーだしな。と、俺は露西亜寿司の暖簾をくぐった。



* * * * * *



露西亜寿司で頼んだ寿司が入った袋を下げながら、俺は新宿某所にある高級マンションに来ていた。ノミ蟲の癖して高級マンションに住むなんて生意気だと訪れる度にそう思う。
マンション内の一室の前に立つと、俺はチャイムのボタンを押す。

「はーい、どちらさ……なんだ、シズちゃんか」
「人がわざわざ来てやったのになんだはねぇだろうがよ。沈めんぞ、クソ蟲が」

出合い頭になんだとあからさまに残念な顔をしながら言われたら誰だってムカつくだろ。あー、池袋から新宿までの電車賃分取ってやりてぇ。

「おー怖い怖い。で、なんか用?」
「チッ、こんな野郎にくれてやるのは気に喰わねぇが……ほらよ」

ガサリ、と露西亜寿司の袋を差し出す。すると臨也は目を丸めながらびっくりした顔で、袋と俺の顔を交互に見る。
そんなに驚くことか?

「え、これ……」
「大トロ好きだろ、手前」
「そうじゃなくて……いや、大トロは大好きだけどね?なんて言うか……珍しいなぁ、と。まさか、俺の為に買って来てくれたの?」
「や、安かったから買って来ただけで……別に手前の為じゃねぇよ。勘違い、すんな」

俺はふいっと顔を逸らす。
慌てて取り繕った嘘も、こいつにはバレバレなんだろうな……。でも安かったから買ったってのは嘘じゃねぇし。
チラッと臨也の方に視線をやると、あいつはさっそく嘘を見破ったようでニヤリと口角を吊り上げていた。
くそっ、なんでもいいからさっさとこれ受け取りやがれ!

「シズちゃん、俺」
「あ゙ぁ?」
「嬉しいっ!」
「っ!」

いきなり飛び付いてきた臨也を受け止める。一瞬、ぐらりと重心が後ろに寄って倒れそうになったがなんとか持ちこたえる。
臨也は臨也で額をぐりぐりと俺の胸に擦り付けていた。なんつーか、野良猫でも餌付けした気分だ。

「俺、シズちゃんも大トロも大好きだよ!」
「大トロと一緒かよ!」
「あははっ、冗談冗談。シズちゃんの方が好きだよ。……ちょっとだけ」
「……そーかよ」

大トロ一つでここまで喜んだりはしゃいだりするやつは、なかなかいないんじゃないだろうか。てか今日のこいつがやたら素直過ぎて怖ぇ……。

「シズちゃんシズちゃん」
「今度はなんだ」

ずっと俺の胸に顔を埋めていた臨也が、パッと顔を上げる。どこと無く顔が赤いのは……気のせいじゃねぇな。

「ありがとうね」

ふにゃっとした笑顔を浮かべる臨也に、今度は俺の顔が赤くなったと思う。

そんな滅多に見せねぇ笑顔は……反則だろ。







end
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -