普通のデート。そういうものに女子は憧れるものだとザックから薦めを受け、一先ず彼女をそういった“二人きりの外出”に誘ってみた。
何がどうなってザックがそんな発言をするに至ったのか知らないが、思いの外彼女は乗り気だったようで、今はウィンドウショッピングというやつで時間を潰している。
なんの変哲もない女子向けの雑貨屋だったり、服屋だったり。そんなものをぶらぶら見ながら東さんは「ほー」とか「へー」だのよくわからない声を漏らしていた。
楽しくないのだろうか、と考えてみたものの、彼女はこれでいて大分わかりやすい性格をしている。つまらないと考えているとすれば、簡単に伝わってくるくらいには態度に出てしまうのだ。なので現状を楽しんでいないわけではないのだと思う。自信はないけれど。
ゆるキャラだのほわほわした雑貨だのを見ても可愛いとは感じない生まれもった感性では彼女の感覚を共有できないけれど、それらを持って「これかわいいね」なんて言う彼女の方がかわいいと感じたから、どうでもよくなってしまう。
そんな感じで、よく観察していると今まで見たことがない彼女の好みや行動パターンを見つけることができた。
さっきなどナチュラル系で脱着がしやすそうな服の売り場で足を止め、似合うか否かを聞かれたり。逆に俺の好みを聞かれたりした。着たい服を着れば良いし、そもそも東さんは系統問わず案外何でも似合ってしまうから何を着ても新鮮に感じる。それを伝えたら居心地悪そうに俯いてしまったので、口を閉じることにした。あ、照れてるな。なんて思っても謝ったりからかうことはしない。事実を述べただけなのだから、それを否定するようなことは言わないのが誠意。だと思っている。
それから何軒か回って時計を確認するといつの間にか針が15時を回っていた。なんだかんだ立ちっぱなしだ。
ベンチを見つけてそれに歩み寄りながら、首を傾げつつ声をかける。

「今日昼飯早かったし、腹減ってませんか」
「ハッシュは?」
「正直少し減りました」
「私も。なに食べる?」
「んー…どうしましょうか…」

二人でぐるりと並ぶショップを見渡す。あちこちに軽食メインの店や宣伝用の幟が立っている。
複合施設ならではの喧騒の中で東さんが近場の看板を示すものだから、俺はつい間の抜けた声を上げた。

「ポテトフライとかは?」
「えっ」
「え…?」
「東さん、クレープ屋の幟見てたでしょ。いっすよ、俺のことは気にしなくて」
「あ、いや、えっと」

東さんにはこういうところがある。
自分の願望に他人のそれを被せ、まるで自分の希望のように振る舞う。誰しも持ち合わせている自己の願いを隠してしまう、困った悪癖だ。
少しずついろんなものが変わっても、何故か未だに変わらないままこうして時が経っている。
それで助かってきたこともあるのだとは思う。欲をかきすぎると、そのツケがいつか自分に回ってくるものだから。
前の生でもそうだった。提案は口にしても我儘をいう人ではなかったし、その提案も妥当というか、“落とし所”を弁えたものだった。彼女はそういう人だ。
そんなところさえ主張はほとんどしないから、見ていないとわからない。

「で、でも糖分だよ」
「甘いもんが苦手とか、そういうのないですよ、俺。知ってますよね」
「知ってる…けど…」
「買ってきます。東さんは休んでてください」
「ハッシュ、待って、」

彼女が育ってきた環境がそうさせることも知っている。理解しているつもりだ。俺自身にだって、悪い癖はあると自覚している。それでも、どうしようもなく気にくわない時があるのも事実で。

「なんすか」

我儘を言ったって誰も咎めない。誰も彼女から離れたりしない。“それを、いつまで経っても解ってくれない”。
彼女はまだ縛られている。そう実感すると、胸元がざわつくのだ。黒い靄がかかって、気分が犯されるのがわかる。今日はデート。そう自分に言い聞かせて東さんの声に振り向くと、控え目に出された小さな手が俺の上着を掴んでいた。

「…一緒にいきたい」

クレープ買いに。と、旋毛を俺に向け、小さく付け足した。
小さな意地悪のつもりで、俺は思い付いたままに振り向いた体勢を保ち、彼女に質問をぶつけてみる。

「クレープ、買いにいくだけですよ」
「………一緒にいきたい」
「結構歩いたでしょ。先にベンチで休んでてください」
「大丈夫だから」
「東さん、聞き分けねーこと言わないで…」

距離を詰めるように、東さんが一歩を踏み出す。
さっきまでは俺が意識して彼女に寄り添うように歩いていたことをわかっていたのか。俺の知るところではないけれど、俺から距離を離した途端に彼女から開いた距離を埋めてきた。
小さく歩を進めて、密着しない程度に痩身を寄せれば漸く止まった。

「…一緒にいたい」

一瞬、ぞくりとした。背筋を駆け抜ける感覚があった。気持ちいいとも、怖いとも取れるような。紙一重の感覚だ。
やわらかそうな髪が風に揺れて、さらりと小さな音を立てる。
こんなに小さく細やかに甘えられただけで胸中の黒い靄は綺麗に消え失せていた。自分も随分現金な野郎だな、なんて思いながら東さんの背中を撫でる。
もっと甘えてほしいのに、彼女はそれきり口を閉ざしてしまった。
小さくて細く、薄い身体。小さな拳。小さな足。そんな身体で、とてもじゃないが一人では重すぎるものを背負っている。
もっと頼ってほしい。もっと求めてほしい。もっと認めてほしい。今そばにいる俺を、もっと。
もう、彼女に励まされ、慰められるだけの俺じゃない。
焦ってるなぁ。なんて思う。カッコ悪いことは自覚している。

「…」

俺はいつになったら彼女を受け入れきれるんだろうかと。そればかりが頭にある。

「…東さん、それ、“俺と”、“今”ってことですか?」

よく聞く“ずっと”ではなくて、“今”。
本当にカッコ悪いことを聞いている。小腹を満たすための会話だったはずなのに、どうしてこんなことを問いただしているのか。
少し膝を曲げて彼女に視線を合わせれば、こくりと頷きながら「ハッシュと、今」と小さな声で短く告げる。
また、ぞくりとした感覚。こんな場所で抱き締めたら、彼女はどんな反応をするだろう。怒るだろうか。照れるだろうか。持ち前の少しの“おかしさ”で、抱き返してくれるのだろうか。
それとも、今は人通りが少ないからと、許してくれるだろうか。

「…やっぱ、東さんの方がかわいいです」

いじらしいにも程があるというものだ。彼女は、そんな自分をわかっていない。今も俺の言葉に頬を染めて俯く始末だ。一体いつから、男の気持ちを煽るような仕草をするようになったのだろう。少なくとも、大昔には全然見せてくれなかったのだから妙に感じ入ってしまう。
大人しくクレープを食べて、買い物をして、帰って。それだけで済むかなと妙な葛藤があった。
こんなにかわいい一面を見せられたのにただで返すなんて、男が廃るんじゃないかと身勝手な考えが浮かんだ。…ものの、その時が来てみないとわからないか、と思考を無理やり打った切った。
俺の調子の変化に気がついたらしい東さんは、それまでの表情から一変して俺を見上げ微かに笑う。
やっぱりキスのひとつでも奪っておくんだった。ほんの少しだけ後悔しながら、今なら許されそうな気がして、彼女と手を少し強引に繋いで往来の中に戻る。
彼女は怒るでもなく、照れるでもなく。ほんのりほんのりと頬を染め、相変わらず小さな笑顔を浮かべていた。



甘露より、あなたの駄々をください