乗機の獅電は大破に追い込まれていた。戦闘には使えそうにないほどの壊滅っぷりだった。コックピットも醜くひしゃげてしまい、脚が生きていたのが不思議なくらいだ。
爆発とも取れる攻撃の後だからか、辺りに敵機は確認できなかった。ただ、まだ三日月と昭弘が暴れまわっているらしく、騒音は続いている。
もう、自分は戦えない。左手がよくわからない方向に折れ曲がっているし、なんだか、腹のあたりにも痛みがあって、右側の視界も悪かった。
もう無理だ。
そう自覚すると、不思議と、機体をある場所へ動かしていた。
先程のダインスレイブによる攻撃を免れたらしい、仁王立ちになっている機体を見つける。

「…ハ……シュ」

もう息をするのさえ苦しい。けれど、その名前を呼ばなければ意識を保てそうになかった。
ゆっくり進んでいた機体がぶつかり、コックピットを開くとアースカラーの装甲が目の前にあった。辿り着けたんだな、と、ほんの少し嬉しくなる。

けれど、彼の機体には胴をまっぷたつに割るように斧状の武器が刺さっていた。

「………ハッシュ…っ」

他のものに構っていられなかった。コックピットを抜け出して、外からの緊急用操作で辟邪のコックピットを開く。
破損のせいで全ては開かなかったが些末な問題だった。人ひとりが通れるスペースさえ作れればそれでいい。
その時、地面が大きく揺れて脚を滑らせてしまい、辟邪のコックピット内へ落下してしまった。外に放り出されるよりはずっと良かったものの、身体中に刺さった破片やらが余計と食い込み、あまりの激痛に意識が飛びかける。
辟邪が前傾姿勢だったおかげか、砂とノイズが舞う画面に着地したらしい。

目を開くと、ハッシュがいた。
刺さった武器に腹を割られ、その上に頭を寝かせて動かない彼が。

「…ハッシュ…あッ!」

右手を巨大な斧につくと、固まりきっていなかった血液のせいか滑って左肩からハッシュに突っ込んでしまう。べちょり、だか、ぐしょり、だか、嫌な音がして、身体を起こすと自分の血だけではなくて、ハッシュのそれも身体中にベッタリとついてしまったことがわかった。
そう。事実がはっきりすると、無事なはずだった左目も霞んでくる。

『ああもう…東さんって、MS乗りっていうくせにほんとドジっすよね』

「 ハッシュ」

『いいから、いつまでそのままでいる気っすか。洗いにいきますよ』

動かない。
解ってるつもりでいたけれど、この目で見るまでは信じたくないと思っていた自分がいた。
動かない乗機。反応のない通信。呼気の音さえ返さないスピーカー。
わかっていたのに。
こんな時に限って、思い出す。

『死ぬの、怖くないやつなんているんですか』

語った言葉や、交わした些細な挨拶まで全部。
全部、全部。全部。全部。血に汚れていない思い出まで、こんな戦場に引っ張り出してしまう。
綺麗な思い出を、こんな寂しい気持ちで汚してしまいたくないのに。

『あんまり体力ないんすね。…俺ですか?………鍛えてるんで、これでも』

「…っ」

だらだらと頬を伝って落ちていくのがわかる。
ハッシュの回りの血溜まりに落ちて、混じらなくていいのに、混じってしまう。血と涙を混ぜたって何も生まない。誰も喜ばない。誰も笑わない。

そんな視界の端に、大きな手を見つけた。右手はレバーを握ったままなのに、左手は薄く開いて斧の上に落ちている。
気になって覗き込めば、オレンジ色の石と金属が血に濡れながらも光っていた。

『これがあれば、俺は…』

東の身体が硬直する。
息が止まったようで、それでも身体は意思に関係なく、右手を伸ばしていた。
骨ばった太い指に触れると、水に戻された魚のように虫のような呼吸を再開できた。

『東さんが来てくれるまで、一人じゃないっすね』

触れるだけだった指をそっと絡ませる。
そうこうしている間にも出血量のせいか手足の感覚が抜けてしまって肉眼でしか“指が絡まっている”ことを確認できなかったけれど、それでもよかった。
もう力も入らないけど、と、東は心の中で謝る。
謝罪以上に、口に出しておきたいことがあったから。

「もうひとりじゃない」

朦朧とする意識の中で、自分の身体が傾いていくことはわかった。頭が着地したのが彼の広い肩口だったことは、感触に覚えがなくてはわからなかった。
彼のことだから、命からがら逃げ出す…なんてことはしないと思っていた。三日月がしないことをハッシュがしようとするわけがない。

「…っよく…やったよ…はっしゅ…」

瞳を閉じてそこにすり寄ると、彼に背中を撫でられたような気がしてとても心地がよくなってしまう。
だいすきなハッシュ。
本当は凄く真面目で、頑張り屋で、責任感が強くて、一生懸命で。怖さと優しさをちゃんとわかっている子だから。

『…なに、言ってんすか…。いいっすよ、そんな誉め言葉は。俺もうガキじゃないんで』

そう言いつつ満更でもなさそうだった様子が微笑ましくて、いじらしかった。

最後に撫でてあげられたら良かったんだけれど、無理そうだから、また今度。
たくさん誉めてあげたい。たくさん撫でてあげたい。たくさん、一緒にいたい。彼が今まで手にいれられなかったものを、全部、あげたい。だから、

「………おや…すみ…はっしゅ………おきたら…また…」



・・・



戦場に取り残されたMSの中に二人分の遺体があったことはデータとして記されていた。揃いのペンダントを持ち、寄り添うようにしてそこにあった遺体は、目撃した者の胸に違和感と謂れのない理不尽さを少なからず覚えたという。それぞれが十代の子供であり、女に至っては阿頼耶識手術だけでなく幼い頃から続いた暴行の痕まであったというだけでも、良心のある者は少なからず呵責に耐え兼ね彼らの遺体を合わせて埋葬することを申し出たという。
しかし、事件の矢面に立ち血祭りにあげられた鉄華団の少年兵たちの遺体が丁重に扱われることはなく、火葬が用いられ文字通り“処分”された。阿頼耶識を埋め込まれた遺体については解剖に回されたとの記述もあったが、その内容は曖昧極まるもので事実は判然としなかった。

残ったそれぞれのペンダントの欠片のみが極秘裏にクーデリア・藍那・バーンスタインの下へ届けられたことで、初めてハッシュ・ミディと東・フォーフラワーは正しく埋葬された。

鉄華団の石碑に二つの名前が刻まれたのはマクギリス・ファリド事件が幕を閉じ、ヒューマンデブリ制度廃止の条約が締結されてから実に二年後のことだった。



Your fingers and blood, its feel