エスカトロジー | ナノ




 二十三時五十分。
 あと十分で“今日”が終わり、“明日”になる。

 ――まただ。
 “どうせ世界は終わらない”。



 俺の生涯で数回目の、『この日世界は滅びます』という予言の日だった。今までそれを真に受けたことなど一度だってなかった。この世のすべてを知っているフリをした偉そうな人間がほざいているだけに過ぎないから。
 実際、最期だと言われたいくつかの日は、とても平和で穏やかな一日だった。



 じっと時計の秒針を見る。
 相も変わらず規則正しく動いているそれを、これほどに憎らしく思ったことはない。
 今日という日を、心待ちにしていた。何かがあるわけではないのだというのは知っていた。けれど、もしかしたら、俺の願いは叶うかもしれなかったからだ。
 もう少しで今日が終わる。
 いっそのこと、時間が止まってしまえばいいのに。今日が終わらない。明日が来ない。これもある種の“世界の終わり”だ。

 ――ぎゅっ、と。
 俺の左手を握るそれに力がこもるのを感じた。


「……なんだか、ね」
「……」
「馬鹿みたいだなって思うよ」
「……そうか」
「いつも、結局何も起こらないってことは知ってる。分かっているのに、残り数分がとても怖いんだ。心の中にあったものが全部凝縮されて、濃い時間だなって」
「はは、何じゃそれ」

 ――幸村の言っていることは、いつも分からない。
 奴はふとした時、神の子が聞いて呆れるような弱音を吐く。そしてそのどれもが、笑ってしまうほど人間くさい一言なのだ。
 誰よりも人間の汚れや醜悪さを知っていて、それでも凛と立つ幸村に惹かれた。俺の知っている誰よりも素直に、人間らしく生きていた。死や終末を恐れ、嬉しいことを嬉しいと言える、そんなまっすぐな。



 時計の針が、ひときわ大きい音を立てる。

 ――ああ、また今日も、“世界は終わらなかった”。

 幸村は一度俺の左手を離し、やわらかく包み直すと、またこう言って笑うのだ。

「無事に、“明日”が来たね」
「……そうじゃな」
「よかった。まだこうして、仁王と一緒に生きていられる」


 ――なあ、そんな顔をされたら、どうしていいか分からなくなるだろ。





 俺はいつだって、世界の終わりを望んでいる。
 幸村、お前さんはそう言うけれど、そのうちそんな幸せは消えてなくなるんだ。こんなにも一緒にいたいと願っても、叶いもしない世界なのだ。


 ――なあ、幸村。



 共に生きていくことの許されないこんな世界なんて滅んじまえと思う俺を、お前さんは、間違っていると咎めるのだろうか。










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一緒に生きていたい二人。
純粋にそう思うだけでは、叶わないこともある。

2012.3.21.

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